2007年1月8-9日 (Part III)
アルタ・べラパス県パンソス市 コミュニダード・ラ・パス
バリオ・ラ・ラボルシオンの住民の強制排除が完了すると、武装部隊はさらに西へと進み、アルタ・べラパス県パンソスの町に向かった。チチパテ村の住民があふれ、近隣にバリオ・ラ・レボルシオンが形成されたのと同様に、コミュニダード・ラ・パスの共同体もまた、近くのサンタ・マリア村から流出した住民で構成されるまだ新しい居住地であると考えてよいだろう。
サンタ・マリア村の住民は、鉱山プロジェクトの従業員による直接的な暴力の対象となりうる可能性を十分に認識している。グアテマラ歴史真相究明委員会(CEH)がまとめた事例第9401番には、1978年にエクスミバル鉱山の従業員と協働していた軍関係者により、サンタ・マリア村の住民4人が処刑された様子が記録されている。それからほぼ30年を経た今、多数の武装した連邦機関関係者と鉱山従業員が再び、地元住民の領地に立ち入った。
現在住民たちは、この土地の所有権を主張する第三者(グアテマラ・ニッケル会社との関連を持たない第三者)から土地の法的所有権を得ようと手続きを進めている最中であり、その旨を明記した書類を提示して今回の強制排除の中止を訴えた。当初その交渉は成功するかに見えた。ところが、CGNが所有するヘリコプターで到着したラファエル・アンドラデ・エスコバル検事(写真右)は、土地の法的所有者が未だ明らかにされていないことを考慮し住民側に有利な計らいをすべきであるにも関わらず、住民たちの即刻退去を命じた。さらに付け加えると、ラ・ユニオン共同体のケースと同様、エスコバル氏が出した命令自体が曖昧さを反映するものであった。つまり、立ち退き命令書に記載された区画と、実際に立ち退き命令を受けた区画とが地理的に一致するのかどうかがはっきりしないまま、強制排除が執行されたのだ。
強制排除命令の執行を判断する上でエスコバル氏が用いたもう1つの論拠は、現在コミュニダード・ラ・パスがある区画は農地として使用されていたに過ぎず、実際その区画に居住する者はいない、よって共同体のメンバーは所持品全てを持って区画を立ち退き、土地所有権に関する手続きの進展状況は後で確認すべきだ、というものだった。
しかし周囲を見渡すと、ベッドがある住居や最近使われた火の跡が至るところに見られる。
ラ・パスの住民たちは、立ち退き命令が暴力的な方法で実行に移されるかもしれない可能性を考え、共同体に住むほとんどの住民が既に所持品を他の場所に移してあるのだと訴えた。しかしこの訴えも聞き入れられることはなかった。