2007年9月13日木曜日

シパカパ 住民の勝利

グアテマラ サンマルコス県 シパカパ市
2007年9月8日-9日


4年に1度の総選挙。何百万人という有権者の想像力がかき立てられる時だ。しかしながら、失望が期待に勝るのが選挙の常である。選挙年を迎えた今年、報道合戦の焦点は一風変わった大統領候補たちに向けられていた。その顔ぶれを見てみよう。戦時の残虐行為に対して人権活動家による告発を受けている元軍司令官、女性でありそして先住民でもあるノーベル賞受賞者、かつてのゲリラ・リーダー、身体が不自由なビジネスマン、そして寡頭政治の様々な利益を代表する札付きの面々・・・。名簿には十数人の大統領候補者の名前が並ぶ。


ここグアテマラでは、地域の権力構造が大きく物を言う。特に農村地域の共同体においてはその傾向が強い。よって、市政レベルの政治的権限を巡る激しい争奪戦が行われる。地域の民主的プロセスによっては、代表となる者の権力拡大を産む可能性があり、そこから特定権者による政治操作が拡大し最終的には暴力にまでつながる恐れがある。シパカパでは、不当で破壊的な鉱山活動との闘いを長期にわたり先導してきたリーダーたちが集まり、政治的な力を求め「シパカペンセ市民委員会」を立ち上げた。今回のフォト・エッセーは、48時間にわたる選挙プロセスにおいて、委員会メンバーやシパカパの人々が生きた『鍵となる瞬間』を記録したものである。

2007年9月8日

9:20 トレス・クルセス村へ向かう道

西部の高原にあるシパカパ市。その人口のほとんどがマヤ系シパカペンセ民族(言語及び民族での区分)という珍しい地域である。写真後方にグアテマラ最高峰タフムルコ火山が見える。

10:03 トレス・クルセス村
地元住民がサンマルコス県の司祭アルバロ=ラマツィーニの到着を待つ。シパカパの守護聖人、聖バルトロマイを祝う特別なミサが開かれるのだ。

11:19 トレス・クルセス村

ミサにおいてラマツィーニ司祭が人々に語りかける。「兄弟姉妹たちよ、選挙の日が明日に迫りました。これまでも公に話してきたように、司祭である私はいかなる政党の支持をすることも許されていません。しかし、私が市民委員会を支持していることは皆さんにお伝えしたいと思います。なぜなら、私が個人的な親交を持つ人々によって委員会が組織されているからです。彼らは共同体の福祉のために活動を続けています。脅迫を受けたり危険な目に遭遇してきたりしながらも、シパカパ市の発展を心から願う人々なのです。現在の政治システム、つまり首都グアテマラ・シティで政権を握る政党から命令が与えられそれに従うシステム、それを野放しにするならば、私たちのや市は、一体どのようにして真実の繁栄を見ることができるというのでしょうか。命令を出す人の多くは、それぞれの地域が直面する現実に疎いため、地域の政治は遠くから操られることになってしまうのです」

12:30 トレス・クルセス村

ミサでは1組の結婚式、28人の洗礼も行われた。

13:25 トレス・クルセス村
シパカペンセ市民委員会から市長に立候補しているデルフィノ=テマ=バウティスタ(後方右)が儀式に出席する。

13:55 トレス・クルセス村
デルフィノ=テマ=バウティスタとラマツィーニ司祭が昼食をとる。2人とも、グアテマラ国内で行われている破壊的な鉱山活動に反対し、困難な道のりを共に歩いてきた。約10年前、テマ=バウティスタは人気のラジオ局である「シパエステレオ・ラジオ」を開設し、また2005年には、現在では国際的にも知られる「シパカパ金属鉱業地域協議会」を設立している。

2007年9月9日

9:11 シパカパ市内

シパカパでの選挙プロセスが開始する。選挙人1人につき4枚の投票用紙が配られる。大統領候補者、国会候補者、行政区毎の候補者、そして市長候補者用である。「投票台」が18台用意され、シパカパ市内そしてトレス・クルセス村の2つの投票センターに分配された。

9:13 市内

票の不正操作が今回の選挙における最大の懸念事項であった。特定の政党が、投票用紙を写した写真を提供する者に金銭または食糧の提供を申し出ているという噂が飛び交っていたためだ。カメラ機能付きの携帯電話を持っている人に向けて注意を呼びかける張り紙が出された。『投票前に携帯電話の電源をお切りください』

9:15 市内

和平協定締結以降に行われた選挙の中でも、今回ほど暴力的な選挙過程が見られたことはない。50人を超える候補者や政治活動家、そしてその家族らが、選挙キャンペーン中に殺害されているのだ。それでもなお、暴力が横行する国における民主的プロセスは続く。政権を去る連邦政府の出した統計によると、今年上半期だけで2,875件の殺人事件が報告されており、そのほとんどに銃が使用されている。(1)

14:14 市内

デルフィノ=テマ=バウティスタがシパカパ教区を訪れ、自身の展望を人々に語る。「この地域で行われようとしている鉱山活動に対する我々の抵抗が、シパカペンセ市民委員会を立ち上げるきっかけなのだ。鉱山活動に賛成する政党に政治的自由を与えることを、我々は断固拒否する」

15:08 シパカパ市民広場

「シパカペンセ市民委員会は、『代案プロジェクト』を具体化することを目指している。これは、インフラ設備、保健、教育、そして農業従事者へのサポートの4つの大きな柱からなるプロジェクトであり、4つ目の『農業従事者へのサポート』が同プロジェクト全体の核となっている。農業開発を重点的にサポートし、シパカパでオーガニック・コーヒーの栽培推進を行うつもりだ。そのためには農業を支える経済的支援・計画が必要だ。『鉱山活動は地域にとって建設的なプロジェクトではない。しかし我々にはそれ以外の選択肢があるのだ』と言えるようになるためにね」(2)

16:23 トレス・クルセス村

「共同体の中には保健サービスのためのインフラ設備を整えたところもある。しかし完成したセンターには医師もいなければ薬もない。今必要なのは有資格医師や医薬であり、保健センターがない共同体に対しては少なくとも応急処置用品を置くことだ・・・ 国際協力を通して救急車2台が提供されることも願っている。これまで日本から1台の提供を受けたが、市当局の手に渡ってしまった。病人を乗せたことは一度足りともなく、職員や物資を運ぶために使われるようになってしまったのだ。救急車の提供を実際に受けることができたなら、このような使われ方を繰り返さないために、独立保健機関による機材の管理を必ず行うよ」(3)

16:34 トレス・クルセス村

米入りのアトル(トウモロコシから作る飲み物)を飲みながら考えに耽るデルフィノ。

17:17 トレス・クルセス村

デルフィノとフアン=テマ=バウティスタが選挙プロセスを振り返る。「我々が個人的利益を追求しているとか鉱山会社から金銭を受け取っているなどといった非難が聞こえるが、全くのでたらめだよ。テマ一家は市の議席を獲得することに夢中だという話もあるさ。我々は人々に利益をもたらすことを目指して活動しているのだから、ある意味でこれは本当のことだと言えるね。しかし我々の近親者の利益を求めているなどということは決してない。なぜなら、我々にとっての『家族』とは、シパカパにある共同体に住む全ての人々を指すのだからね」(4)

17:19 トレス・クルセス村

デルフィノのもう1人の兄弟、マリオ=テマ=バウティスタ(右)。彼は1996年から2000年にかけて市長を務め、現在は『シパカペンセ言語コミュニティ』の代表者である。著書『シパカペンセの記憶』の中で、マリオはこう語っている。『シパカパの人々の特徴は、その確固たる意志と決意にある。この特性を人々は誇りとしており、シパカパ人が決断を下す際に“中間”は存在しない。一旦下された決断は、それがどれほど難しく、または不合理なものであろうとも、人々はその決断から後戻りことなど決してないのだ。その選択がどのような結果へとつながろうとも、どんな代価を支払うこととなろうとも、人々はその決断を変えることはない』(5)

17:26 トレス・クルセス村

投票の締め切り時刻まで34分。母と談笑するデルフィノ。

20:18 市内

選挙結果を待つ間、シパカペンセ市民委員会のメンバーや支持者らが続々と委員会本部に集まる。

21:40 市内

18ある投票台それぞれの開票済み分の結果が届けられ、マリオとフアン=テマ=バウティスタが途中経過を分析する。

21:48 市内

途中経過から今回の選挙が当初の予想よりもはるかに接戦であることがわかり、あるパターンが見えてくる―市内に設置された投票台からはガナ党(スペイン語で『勝利』の意)から出馬した現職市長への支持が高い一方で、トレス・クルセス村に設置された投票台ではシパカペンセ市民委員会への支持が圧倒的に高くなっている。現職市長と同様GANA党出身であるベルシェ現グアテマラ大統領の家族は、カナダ・バンクーバーに本社を置く鉱山業界最大手ゴールドコープ社のグアテマラ法人であるモンタナ・エクスプラドーラ社の主な株主に名を連ねている。

22:05 市内

17の投票台の最終結果が届き、シパカペンセ市民委員会の得票数は現職市長をわずかに71票上回るだけであった。残り1台の投票台は市内に設置されており、市民委員会メンバーらは敗戦を覚悟する。緊張を抑えることができないメンバーの姿も見受けられる。

22:46 市内

最後の投票台の結果が届く。46票という得票差でシパカペンセ市民委員会の勝利である。

23:06 市内

勝利に酔う地元住民が通りに集まり、祝福が始まる。

23:07 市内

シパカペンセ市民委員会本部に喜びの声が響き渡る―「シパカパのこの地で、我々住民が勝利したのだ!」

23:09 市内
2008年から2012年の次期シパカパ市長としての最初のインタビューにおいて、デルフィノ=テマ=バウティスタは言う。「気持ちはもう落ち着きました。シパカペンセ市民委員会は、皆さんとお約束したことを必ず実行します。私たちの言葉に嘘はありません。私たちの力で実現可能な取り組みをお約束したのです。委員会を支えてくださった皆さん、本当にありがとうございます。国際組織に対しお願いしたいと思います。私たちが公約を達成するために、どうかご支持ください。カナダにいる同胞の皆さんにもお力添えをお願いしたいのです。ここシパカパにいる私たちには、あなた方のお力が必要なのです」

シパカパンセ市民委員会についての詳細は、マリオ=テマ=バウティスタ(mariotema@itelgua.com)までお問い合わせください(スペイン語のみ)。

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1. サハグン=フェリペ著 『Las Elecciones mas Violentas desde el Fin de la Guerra Civil”. Elmundo.es – Internacional』 2007年9月7日 (
http://www.elmundo.es/elmundo/2007/09/06/internacional/1189065985.html)
2. デルフィノ=テマ=バウティスタとのインタビューより サン・マルコス県シパカパ市にて 2007年9月9日
3. 同上
4. 同上
5. テマ=バウティスタ マリオ=ペルフェクト アカバル=アウデリノ=サヴィン=バレーノ著 『Ojor Na’tb’al Rwach Qtinmit: Memoria Sipakapense』 グアテマラ・マヤ系言語アカデミー編 2003年版11頁ソリス=フェルナンド著 『Caracterización de las elecciones generales 2007”. El Observador Electoral. Segunda época』 1巻15ページ 2007年4月

シパカパの人々

グアテマラ サン・マルコス県 シパカパ
2007年9月8日-9日


選挙も最終段階を迎えたシパカパ。そこに住む人々を追った。


















鉱山活動に反対するシパカパの人々の闘いについて詳しい情報については、ドキュメンタリー作品『Sipakapa No se Vende』(シパカパは売り物じゃない)の製作者、アルバロ=レベンガ(caracolproducciones@yahoo.es)までお問い合わせください。

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2007年9月4日火曜日

ヌエバ・リンダ ―路の傍らで続く闘い― 

グアテマラ レタルレウ県 チャンペリコへ向かう幹線道路 キロメーター207
2007年9月1日、2日

テーマ 責任逃れ、土地問題


ラテン・アメリカの国々では往々にして見られる傾向であるが、一般的に大規模な土地所有はごく少数の人々によって支配されている。何千ヘクタールにも及ぶ土地は、家畜及びバイオ燃料となるサトウキビや大豆、その他穀物等、単一の換金作物の栽培に当てられている。その一方で、人口の大多数、つまり自給自足でなんとか食べていこうとしている貧困農民は、耕地の不足に苦しんでいる。歴史的に見ても、権力を持つ者は、同朋が必要とする食糧よりも、自らが手にする潤沢な利益を優先させてきた。アムネスティ・インターナショナルによると、2000年現在、グアテマラの土地分配は極度の偏りを見せている。全人口の1.5%が国土の62.5%を支配しているのに対し、人口の94%(その大多数が地方の農民)が利用できるのは国土のたった18%である。(1)

ヌエバ・リンダの土地は、沿岸の町チャンペリコへとつながる幹線道路沿い、207キロメーター地点に位置する。地元農民のリーダーであったエクトル=レイジェスは、「土地を持たないマヤの労働者組合(STMST)」に属し、ヌエバ・リンダで働くことで家族を支えていた。しかし2003年9月5日、レイジェスは忽然とその姿を消したのだった。当時の地主でスペイン人のカルロス=ヴィダル=フェルナンデスの使いをしていた間のことだった。(2)

エクトル=レイジェスの失踪及び土地所有者の事件への関与に関しグアテマラ当局が十分な説明を行わなかったことから、2003年10月、近隣の22の共同体に住む農民がヌエバ・リンダを占拠した。「ヌエバ・リンダにおける土地占拠に関して特筆すべきは、農民たちの目的が、当局に圧力をかけることで失踪の真相が究明され、正義が実現されることにあった点だ。つまり、多くの土地占拠が通常は労働条件の改善や土地そのものの獲得を目的としているのに対し、彼らの行った占拠はその性格を異にしているのだ。」(3)


それからほぼ1年が経った2004年8月31日、ヌエバ・リンダにおいてグアテマラの治安部隊は暴力的な住民強制排除に踏み切ることとなる。この事件により9名の農民および3名の警官、合計12名の死亡が確認されている。事件後、エクトル=レイジェスの家族及び彼らを支援する近隣共同体の住民が、ヌエバ・リンダを囲むフェンスと幹線道路の間に横たわる数メートル幅の場所に居を構えることを決めたのだった。エクトル=レイジェスの失踪から4年、先述の虐殺事件から3年、「正義を求めるヌエバ・リンダの活動」は、路の傍らにて抵抗の闘いを今なお続けている。


「大規模土地所有者が牛耳る制度に対する南部沿岸地域の農民による抵抗を記念して、『小規模農業開発委員会(CODECA)』及び『反帝国主義連合』が、2度目の開催となるメモリアル・キャラバンを召集した。グアテマラ・シティをスタートし、ヌエバ・リンダを終着点とするキャラバンだ。近隣共同体の住民に加え、グアテマラ各地の社会組織メンバーが集まり、広大な区画の外で繰り広げられる抵抗運動に加わった。(4)


「(旗)エクトル=レイジェスの強制失踪及び2004年8月31日の大虐殺に正義がもたらされることを求めます。」


抵抗を続ける共同体は、フェンスと道路の間の狭い土地で栽培されたトウモロコシを主食としてきた。

ドーニャ=カルメンがそのトウモロコシで作った実においしいタマールを振舞う。

抵抗を続ける住民に命の水を与える井戸。ヌエバ・リンダの所有者は幾度とこの井戸に毒物を盛ろうとしてきた。
道路からほんの数メートルのところに建てられた小屋。木材、椰子の葉、プラスチックを使っている。

9月1日の夜、一連のイベントが行われた。

様々な合奏団による音楽が参加者を楽しませる。

大きなトラックがものすごいスピードですぐ横を通りすぎてゆく。

イベントの目玉はもちろん、フランス出身の映画監督グレゴリー=ラサールが最近発表したドキュメンタリー映画の上映会であった。『Kilometer 207: Along the Side of the Road (キロメーター207 ―路の傍らで続く闘い―)』 と名づけられたこの記録は、ヌエバ・リンダの事件の詳細や、3年にわたる抵抗の闘いを描いた作品だ。

失踪したエクトル=レイジェスの娘ベティ=レイジェス=トレドが作品中で語る。「金持ちが誘拐されたのであれば、貧しい人が既に刑務所に入れられているでしょう。でも私の父の場合、金持ちが誘拐者だったためにその真相は調査されることがなかった。正義を求めた闘いを続けて3年、未だ何も明らかになっていないわ。正義は皆に平等であるべきよ。これじゃあまるで、貧しい人々に正義はやってこないかのようだわ。」
度重なる嫌がらせを受け、銃口を向けられたことさえあるエクトル=レイジェスの家族、そして彼らに寄り添う不屈の農民グループ。しかし彼らはそういった行為に耐え、正義を求めその平和的抵抗を続ける。共同体のメンバーが再び明言する。「土地所有者が雇う警備員から脅迫行為や迫害を受けているよ。しかしそれでも構わないさ。正義が実現されるまで、我々は一歩たりとも引くつもりはないんだ。」(5)


『Kilometer 207: Along the Side of the Road (キロメーター207 ―路の傍らで続く闘い―)』のダイジェスト版(2分)をご覧になる方はこちらへどうぞ。

このドキュメンタリー映画の詳細や購入に関しては、以下までご連絡ください。
Collectifguatemala2@riseup.net

mailto:riseup.nethijosguatemala@gmail.com

English version click here

Versión en español aquí

1. グレゴリー=ラサール作『Kilometer 207: Along the Side of the Road』(42分)2007年8月グアテマラ より
2. カソ=アブヘルト著「ヌエバ・リンダの虐殺」(ライツ・アクション報告書)2005年11月9ページ より
3. 同上
4. 反帝国主義連合著 “Jornada contra la impunidad: Justicia por Nueva Linda” 2007年8月22日グアテマラ より

5. ラサール 同・前掲注