2008年1月14日月曜日

同志チャベス ようこそグアテマラへ

グアテマラ グアテマラ・シティ
2008年1月14日

【声明文】 反帝国主義ブロック

【写真・注】 MiMundo.org


1月14日、アルバロ=コロムがグアテマラの新大統領に就任した。1996年の和平協定締結以降、4人目の大統領となる。様々な地域のリーダーが参列した就任式において、圧倒的存在感を示したのがウゴ=チャベスであった。チャベスが率いる社会主義政策は、グアテマラのみならずラテン・アメリカ全体で広く支持を得ており、ベネズエラ国家元首の到着により、グアテマラの社会運動は大きな盛り上がりを見せた。グアテマラ社会組織のメンバーによるチャベス大統領歓迎の声明文、その様子を記録した写真を紹介したい。



同志ウゴ=ラファエル=チャベス=フリアス ベネズエラ・ボリバル共和国大統領 グアテマラへようこそ!


我々の同志、ベネズエラ・ボリバル共和国ウゴ=ラファエル=チャベス=フリアス大統領をお迎えできることは、グアテマラの労働者にとって非常な名誉であり、一縷の望みでもある。我々の社会に存在する様々な構造に変革をもたらすための闘いをこれからも続けていくための力を与えてくれる訪問だ。


ラテン・アメリカ大陸にてチャベスが推し進める国境を越えた取り組みと努力。今や世界中の人々がその証人となっている。そのような折、同志チャベスのグアテマラ訪問が実現した。人類をさらなる困窮に追いやり、完全なる支配下におくこと、そのような世界を目指し突き進むアメリカ。チャベスによる取り組みは、アメリカ帝国主義に後押しされた侵略行為や、大量虐殺へとつながる戦争を排除し、ラテン・アメリカに平和をもたらすための動きなのだ。


同志チャベスのグアテマラ訪問と時を同じくして、コロンビアの人々は新しい時代へと進む歴史的瞬間を迎えた。チャベスの道徳的・無条件の仲裁により、コロンビア革命軍(FARC)は、人質となっていたピエダード=コルドバ上院議員の身柄をコロンビア政府に引き渡した。また、国際社会が求めたクララ=ロハス、コンスエロ=ゴンザレス=ペルドモ両氏の身柄引き渡し要求にも応じたのだ。


これらが達成されたのも、ラテン・アメリカ大陸において同志チャベスが推し進める取り組み、その尽力のおかげである。その中でも特筆すべきは、米州ボリバル代替統合構想 (ALBA) だ。ラテン・アメリカに連帯を呼びかけるこのような提案は、米州自由貿易地域(FTAA)に代表される新自由主義の動きに対抗するものだ。加え、一般民衆の関心事を取り上げる初めてのメディア・ネットワーク、『テレスール』の設立もまた特記すべき達成である。


チャベスのグアテマラ訪問実現はまた、ここグアテマラにおけるチャベス暗殺を企てていた極右勢力に対する英雄的勝利を意味している。チャベスは彼らを国内でも国際的にも公然と非難してきており、そういった勢力は搾取や略奪による利益への支配権を失うことを恐れていたのだ。

どのような結果になろうとも、我々は警戒態勢を緩めることなく、我々の友そして同志、ウゴ=チャベスの命を守る決意である。


キューバのフィデル=カストロ、ボリビアのエボ=モラレス、エクアドルのラファエル=コレア、そしてウゴ=チャベス。彼らが実現した社会主義政府は、ラテン・アメリカの人々の利益を真に目指す政府が現実に存在しうることの証明だ。


これら政府の真の焦点は、アメリカの帝国主義政策を躊躇うことなく無条件に当てはめようとする右派に牛耳られている国々において―グアテマラもそのような国の1つである―、日々搾取と支配の対象となっている何十万もの人々の威厳を回復することに向けられている。



だからこそ、我々グアテマラ国民は再び声を大にして言いたい。我々の盟友チャベス、ようこそグアテマラへ。人民の尊厳、ラテン・アメリカの全ての人々の利益を目指す闘いの象徴よ!


社会主義を歓迎しよう。労働者の真の尊厳を勝ち取る道なり!

『目覚めよ!ボリバルの剣がラテン・アメリカに新しい道を切り開くぞ!』

【反帝国主義ブロックのバナー】


『夢なくして将来はない』


グアテマラ先住民族・農民全国調整委員会(CONIC)からの参加者



グアテマラ農民統一委員会(CUC)からの参加者


高地農民委員会(CUC)からの参加者


『社会主義 左へ 人民の力 / 資本主義 右へ 富める人々の力』


『社会の根底から左(社会主義的社会)へ、そして南に広がるラテン・アメリカへ。さあ、船出だ・・・』


『帝国主義に立ち向かう人類の福祉のために―ラテン・アメリカに社会主義を!』


『チャベス大統領、ようこそグアテマラへ!!』

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2008年1月13日日曜日

ヌエバ・リンダ クリスマスの日

グアテマラ レタルウレウ チャンペリコに向かう道 キロメーター207
2007年12月24日-25日



グアテマラ南部沿岸地域出身で、『正義を求める ヌエバ・リンダの会』メンバーである農民たちが、今年もクリスマスを迎えた。道路の傍らで迎える4度目の聖夜だ。2003年に起きたエクトル=レイジェスの誘拐・失踪事件、そして12人の死者と45人の負傷者を出した2004年の住民強制排除に関する正義を求め、彼らの抵抗は続く。強制排除を行う間、グアテマラ治安部隊は民間から雇った護衛部隊と共に、少なくとも5人を至近距離から殺害した。このような警察の残忍行為によって住民は命を落とし、その中には身ごもった女性もいたのだった。(1)

この事件についての詳細は、前掲のフォト・エッセー『ヌエバ・リンダ―路の傍らで続く闘い』をどうぞ。

爆竹が鳴り響く中、グアテマラの伝統的クリスマス料理であるタマレを囲み、ヌエバ・リンダの住民たちがクリスマスイブを祝う。


誘拐・失踪事件の被害者、エクトル=レイジェスの孫娘たちが線香花火で遊ぶ。


セルビン=ヘルマンデス(左)は、2004年の住民強制排除の際、国家警察隊の暴力により複数箇所に骨折を負った。クリスマスを祝う食事の席で、彼は自らの気持ちを語る。「クリスマスをここで祝うことができて嬉しく思うよ。でもね、僕らがこの場所に居たくて居るわけではない、そのことだけははっきりとさせておきたいんだ。僕らがここにいるのは、エクトル=レイジェスが失踪したからだ。僕らの気持ちは彼の家族と一緒さ。あの事件はエクトル、そして彼の家族に起こったことだった。でも明日のことは誰にもわからないよ。僕の家族の誰かが犠牲になるかもしれないし、僕自身がターゲットになるかもしれないのだからね」

「農民間、もっと広く言えば貧しい人々の間の連帯が十分でなかったために、金持ちはしたい放題してきたよ。彼らは我々を同じ人間とは思っていないのだからね。便利だと思った時には道具か何かのように使い、必要がなくなればポイと捨ててしまう。金持ちの頭にあるのは我々が提供する労働力、それだけさ。エクトルの件に関して言えば、金持ちは彼の土地を奪った賠償を負うどころか彼を殺してしまった。私にとってはこれほど不当なことはないよ。私にはそれを赦すことなどできないね。だからこの場所にいるんだ」(2)


「人々はグアテマラの法律なんかに賛同していないのさ。なぜなら、この国の法律は金持ちのために作られた法律であって、我々貧困にあえぐ者には当てはまらない代物だからだよ。富のある地主が貧しい小作農を殺したとしよう。3万ケツァル(約4000米ドル/およそ400万円)も支払えばまた自由の身さ。本当なら法による罰を受けなくてはならない人物がだ!エクトル=レイジェスの失踪に実際に手を下したのはボス自身ではなく、貧しい人間を雇い、そいつにやらせたんだ。実際に手を下した者は、いつの日か同じことが彼自身に起こるかもしれないなど、微塵も思わずにやったんだ。僕にはそのことがよくわかるよ。人権は尊重されなくてはならない。僕らは貧しい。けれどそんな僕らにも守られるべき人権があるんだ」(3)


「私にはアメリカに住む家族がいるよ。だが不法入国でアメリカに移住しようとする人々の行動に賛成はしないさ。物理的豊かさという幻想だけのために、家族や仲間に命がけの移住などさせることができるものか。家族と共にある生活、思いやりや愛情を感じながら送る日々、そんな生活以上に素晴らしいものなど存在しないさ。子供たちをグアテマラに残したまま父親や母親はアメリカへ移り住んで働きづめ、そんな家族を幾度となく目にしてきたよ。もちろん、子供たちは毎月幾ばくかの現金を手にすることができる。でもね、両親からの愛情を感じることはできないんだ。親が子供に与える温かさが何よりだよ。それが失われてしまうんだ」(4)


ニコラス=ウシュライ(左)が口を開く。「(政権を離れる)ベルシェ大統領は国際社会に向けて繰り返し言ったものさ。グアテマラは平和な国だとね。でも現状は違う。ここは僕らのような農民や先住民が苦しみ、泣き声を上げ、国中で横行する不当行為によって家族の命が奪われる。それがグアテマラの現実だよ」

「僕らのこの厳しい生活は、これまで怠けてきた結果ではないんだ。僕らがこのような生活を強いられているのは、グアテマラの富が一握りの外国人や独裁者によって支配されているからなんだ。グアテマラは国民みんなを食べさせていくだけの豊かさを持った国だよ。抵抗の日々には、食糧がある日もあればない日もある。それでも求めるものがはっきりしているから、僕らは自分たちの足で立っていることができるんだ」(5)

「僕らの目的はエクトル=レイジェスの事件をきちんと終わらせ、正義が果たされることにある。どのような脅迫や迫害を受けようとも、一歩たりとも譲らない覚悟でいるさ。なぜなら、僕らが求める正義が『正しい』正義だからだよ。カルロス=ヴィダルのような地主がしかるべき賠償金をエクトルに支払う代わりに暗殺者を雇い、彼の命を奪う。そんなことがあっていいはずもないだろう?」

「僕らグアテマラ人は侵略者なんかじゃない。エクトル=レイジェスの誘拐・失踪事件が起こらなかったら、僕らがこの場所に生活することはなかっただろう。ここグアテマラでも、そして国際社会にも知れ渡っているとおり、ヌエバ・リンダの土地を (2003年に)我々が占拠したのは侵略行為などではなく、政府関係者を動かすために圧力をかける手段だったんだ」(7)


「この国の南部では、スペイン人による侵略が横行している。彼らにお願いしたい。自分たちの国へ帰り、僕らの土地を返してくれと。問題は土地だけにとどまらない。労働階級の搾取までが起こっているんだ。多くのグアテマラ人がアメリカにいる理由は、この国で耕す土地がなくなってしまったからなんだ。そんな現実を尻目に、スペイン人の中には莫大な土地所有権を持つ者がいるんだ。彼らこそが真の侵略者だよ!他人の生活を尊重することから平和が生まれる。彼らの心には我々に対する尊重の念がないんだ」(8)

『正義を求めるヌエバ・リンダの会』の法定代理人マリアノ=カレルは、朝食のタマルを食べながら言う。「私はどんな脅迫にも屈しはしないよ。エクトル=レイジェスの家族がこの闘いをあきらめるというのであれば、私もこの土地を去ろう。彼の家族なしに、正義を求めるこの闘いを続けることはできないからね。しかし彼の家族はこの闘いを続けている。ここから私を追い払おうとするならば、私の命を奪うしか方法はないね」

大型の野ねずみに食糧を奪われることがないよう、ヌエバ・リンダの住人はトルティージャ等の食糧を籠に入れて保管している。その上にあるプラスチック製のボトルは、野ねずみがロープを伝って入ってくるのを防ぐためだ。


エステバン=ペレスがMumundo.orgによるフォト・エッセー『ヌエバ・リンダ―路の傍らで続く闘い』を読む。「9歳の頃から、僕は日の出から日の入りまで畑で働いているよ。差別や不当な扱いを受け、支払われる賃金はほんのわずか。それが多くの地主が課している条件なんだ。でも僕たちにはグアテマラを変えることができるんだ!残念なことに多くのグアテマラ人がこのことに気付いていないんだ。だから行動を起こさず、外国人の奴隷として働き続けている。僕は今22歳。同年代や若い人たちによく話して聞かせているんだ。僕たちには声と投票権があることをね。意見を公にし、権利を求めていかなくてはならない!僕がこの闘いに加わったことで、両親は僕に危害が及ぶことを恐れているよ。でも僕は心配しないように言っているんだ。僕はみんなにとっての平等を求めている。それが僕にとってのゴールだよ。何が起ころうとも、僕はこの地で闘い続けるさ」

『Kilometer 207: Along the Side of the Road (キロメーター207 ―路の傍らで続く闘い―)』を製作したフランスの映画監督グレゴリー=ラサール(右から2番目)が、『正義を求める ヌエバ・リンダの会』メンバーらと談笑する。



ドキュメンタリー作品、『Kilometer 207: Along the Side of the Road (キロメーター207 ―路の傍らで続く闘い―)』のダイジェスト版(2分)はこちらへどうぞ。


エクトルの娘、ベティ=レイジェスが言う。「私たちにとって、両親のいないクリスマスを過ごさなくてはならないことは悲しいことね。母は遠くにいて、父の行方は未だ知れず・・・。子供たちに道端のクリスマスを経験させることも辛いわね。でもあなたたちが一緒にいてくれて嬉しい。そうよ、考え方によっては楽しい時間をすごしているんだもの。父の強制失踪に関わった者たちに正義が下されるまで、私たちがここを去ることはないでしょう。実行犯ははっきりとしているのだから」

エクトル=レイジェスの孫や娘たち、親戚らのクリスマス・ポートレートだ。マリアノ=カレルの姿も後ろ側に見えている。


ベティの一番下の息子、エクトル=エルネストは1歳半になる。彼の名前は、行方不明の祖父にちなんで付けられた。彼がグアテマラ・シティの中央広場で生まれた2006年の夏の日、ヌエバ・リンダのメンバーらは、グアテマラ大統領宮殿前で数ヶ月にわたる抗議行動の真っ最中であった。

「新大統領アルバロ=コロムが公約を守ることを願っているよ。ベルシェ前大統領は我々貧しい者に対し何一つしてくれなかった。任期中、彼は我々の存在を無視し続け、我々から目を背けたまま、政権を去っていくのさ」(9)


ベティの夫ロドルフォ=ペレスがこう結ぶ。「目標をしっかりと見据え、気持ちを明るく持って我々は闘いを続けるさ。もう4年になる。でもこの先10年かかっても15年かかっても我々の権利を訴え続けるよ。それが正しいことなのだから」

Pro-Justice ヌエバ・リンダ・グループへの問い合わせはこちらへどうぞ(スペイン語で)。
info@justicianuevalinda.org  /  http://www.justicianuevalinda.org/


ヌエバ・リンダに関する詳細な報告書については、ライツ・アクションまでお問い合わせ下さい。

info@rightsaction.org  /  http://www.rightsaction.org/

ヌエバ・リンダに関するドキュメンタリーKm. 207: By the Side of the Roadのご注文はこちらへ (スペイン語、英語音声、またはフランス語字幕)
collectifguatemala2@riseup.net

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1. 『ヌエバ・リンダの虐殺』 カソ=アビエルト著 ライツ・アクション報告書 2005年11月号 3頁
2. セルビン=エルナンデスとのインタビュー 2007年12月24日
3. 同上
4. 同上
5. ニコラス=ウシュライとのインタビュー 2007年12月24日
6. 同上
7. 同上
8. 同上
9. 同上

2008年1月7日月曜日

母の手紙―強制失踪の犠牲となった息子へ

グアテマラ グアテマラ・シティ
2007年12月21日


1984年2月23日、ボランティア消防士として働いていたオスカル=ダビド=エルナンデス=キロアが姿を消した。グアテマラ軍部による強制失踪の犠牲となったのだ。(1) それから24年が経ち、グアテマラ・シティにあるボランティア消防団中央本部が、オスカルを偲ぶ会を開催した。

オスカルの母、ブランカ=ローサ=キロア=デ=エルナンデスは、息子が姿を消した1984年のその日の午後から、一時も休むことなく息子の亡骸を捜し続けてきた。オスカルの最後の場所を探し求める母・キロア婦人の決意はやがて、相互支援グループ(GAM)及びグアテマラ逮捕者・行方不明者の家族会(FAMDEGUA)の設立へとつながった。両会ともグアテマラ社会にしっかりと根付き、重要な歴史を持つ組織となっている。


2005年、キロア婦人は行方不明の息子に宛てた人々の心に深く訴えかける手紙を記した。のちにこの手紙は 『The Truth under the Soil: Guatemala, the Silenced Genocide (地中に眠る真実―グアテマラ 封じられた大量虐殺【未邦訳/訳者訳】)』として出版された。キロア婦人はオスカルを偲ぶ会でこの手紙を読み上げた。

「オスカル、あなたが姿を消してから20年、その間に本当にたくさんのことが起こりました。あなたに話したいことが山のようにあるわ。1984年2月23日のあの日にあなたが誘拐されて以来ずっと、私の心には大きな穴があいてしまいました。あなたも知ってのとおり、あなたは私にとって息子であり弟であり、そして仲間でもありました。私の全てだったオスカル。あの日私は誓ったのです、あなたを探す闘いを決してあきらめないことを。


あれから20年以上が経ち、残念ながら私はまだこのゴールに達していません。この家のこの壁が言葉を持つならば、あなたと私が話した全てのことを思い起こし、語ってくれることでしょう。寝る間も惜しんで共に働いた夜が幾度あったことでしょう!覚えていますか?闘いのための計画を立てながら一緒に吸った煙草、何杯も飲んだコーヒー。あなたが受けて立つと決めた闘いのための仕事、そしていつしか私も関わるようになっていたあの仕事。それでもなお、私は何一つ後悔はしていません。1980年代に戻れたとしても、ああ今はもう2005年なのですね、そう、もしあの頃に戻ることができたとしても、私は同じ選択をするでしょう。それがあなたを再び失うことを意味したとしても。私たち2人が払った努力の全てに意味があることを私はちゃんと分かっているからです。あなたが闘いの前進を見ることができなかったのが残念でなりません。あなたに嘘はつきません。私たちが目指した変革のほとんどは未だ実現していないのです。しかし進むべき路は切り開かれ、私には仲間もできました。何千という人々が、あなたの声となって動いてくれているのです。

あなたはどこにいるのでしょう。渓谷に突き落とされたのか、それともどこかに埋められたのか。野良犬があなたの体を貪ったかもしれない。でも私にとって、あなたはは今も生きているのです。あなたは私に生きる理由を与えてくれる。あなたのために私はこの闘いを受けて立っているのであり、あなたはきっとそのことを誇りに思ってくれているでしょう。私の労働の成果は汗と勤勉の結晶。誰かを犠牲にしたり、自分を犠牲にしたり、ましてやあなたの失踪によって恩恵を受けたりなどしていないのです。

大きくなったあなたの姪や甥たちの姿をあなたに見せることができるなら、私は何だってするでしょう!みんなが沢山の愛を持ってあなたを想っています。これはあなたの人間性の賜物であり、今は離れ離れではあるけれど、成長したあなたの現在の姿があるからなのです。あなたを思い出すこと、それは私たち家族全員にとって本当に大事なこと、そしてあなたはいつまでも私たちと一緒なのです。あなたを探す闘いに挑んできた私は、他の子供たちを育てるというもう1つの『闘い』も経験しました。ドナルド、テレ、パティ、マルタ、そして「ぽっちゃり」コカ、この子たち全員よ!失踪の犠牲をなったあなたたち全員が強いられた計り知れないほど大きな犠牲や苦しみ、それらを私たちもこの20年間で身を持って感じてきたのです。


あなたの息子は今やもう立派な大人に成長しました。彼は22歳、そしてもうすぐ父親になるのです。生まれてくるあなたの孫にあなたを会わせることができたらどんなに素晴らしいでしょう。そんな時を家族と分かち合うことができたなら!そして小さいながらも私たちがこれまで成し遂げたこと、見えてきた変化をあなたと共有することができたらどれだけ幸せなことか。どんなに小さくとも、私たちにとってそういった達成や変化は本当に大きなもので、それを思うとき、私たちは満足感でいっぱいになるのです!

あなたがチュポル*の町に足を踏み入れ、3ヶ月の時をそこで過ごしたことを今でもはっきりと覚えています。あなたは恐怖を露にし、そこに住む人々を囲む環境がどれだけ酷いものかを話してくれましたね。今の私にはその苦しみが分かります。私は彼らのために闘っているのです。彼らの家族の亡骸が集団墓地から掘り起こされるのを目にし、軍の支配の下恐怖に慄きながら暮らした日々の証言に耳を傾けながら、私は心の痛みを彼らと分かち合っているのです。こんな話をあなたとは何度もしましたね。集団誘拐事件を耳にするたび、当事者となった人々の気持ちになって考えてみたものですね。ああ、なんて辛いことでしょう!そんなことが私自身に起こったら、私は耐えられず死んでしまうだろう―私は何度もあなたにそう言いました。そしてあなたがいなくなった。あの日から、私の途方もない苦しみは今も続いています。


*キチェ県にあるパン・アメリカンハイウェイ沿いの町。マヤ系先住民キチェの人々が暮らす。軍部の弾圧による深刻な被害を受けた。

20年に及ぶ辛く苦しい日々を乗り越え、私は強くなりました。本当よ。あなたがいなくなった後の1年、もしかしたら2年は、ただただ泣き暮れていた・・・ でももう涙は枯れてしまったようです。私の心は固くなりました。でも誰かに危害を加えようなんてことは思いません。その代わり、あなたと共に引き受けた闘いを続けることにしたのです。あなたと再会できるならば、私は何を手放してもいいと思っています。たとえそれが穴から掘り起こされたあなたの遺骨との再会となったとしても、あなたがそばにいてくれるならば、神のお迎えが来る日、私は安らかな気持ちでこの世を去ることができるでしょう!


死後の生が存在するというのが本当なら、私はそこであなたを探すでしょう。そしてこの20年間に私がしてきたことの全て、その一つひとつをあなたに話して聞かせたい。多くを成し遂げたとは言えませんが、それでもあなたとの約束だけは守ってきました。覚えていますか?『何があろうとも、私はこの闘いに背をそむけたりしない』と言ったことを。

あなたも私も、家族の幸せをないがしろにしたり、あなたの子供がまだほんの赤ん坊だという事実を無視してしまったような時もありましたね。でも私は全ての行いに意味があり、あなたが払った犠牲も決して無駄ではなかったと信じています。実を言うと、私はあなたという息子の存在を忘れ、私にはオスカルという名前の何百、何千という子供がいるのだと思う瞬間があるのです。彼らは皆あなたと同じように恐ろしい経験をする。そんなときです、これまでの苦悩にも関わらず、いくつかのゴールに辿り着くことができたことに対し、私は満足感を得ることができるのです。


あなたのお父さんのことも伝えておかなくてはなりませんね。お父さんは少しずつではありますが、色々なことを理解してくれるようになってきました。あなたの死について私を責める代わりに、今はあなたと私が共にしてきたことに意味を見出してくれています。2人とも随分と歳をとりました。まあこんなことは言わなくともあなたはよくわかっているでしょうね。そんなあなた自身も最近43歳になりました。もう若いなんて言える年齢ではなくなってしまいましたね。年寄ったあなた。きっと頭も白髪だらけなのではないかしら。想像してご覧なさい。あなたの年でおじいさんになっていることを。私たちみんな、とても幸せでしょうね。あなたもそう思うでしょう?

あなたの息子は結婚式にあなたの誕生日を選びました。彼を育て上げるのは簡単ではなかった。これまでもあなたに話してきたけれど、私の育て方が悪かった部分もあるのです。大人である彼を今更正そうなど、難しいことですね。でも彼は大丈夫、彼という人間は失われてなどいないのだから。彼は善良な大人になったと思っています。一生懸命働いてくれる。ただ時々、自分の殻に閉じこもってしまうことがあるのです。彼があなたようの広い心を持った、責任感の強い人間になったらどんなに喜ばしいことでしょう。そのためなら何だってするわ。でも子供はそれぞれ違うもの。彼なりにあなたの闘いをちゃんと理解している。あなたが姿を消したことで彼はなかなか成功できずにいるけれど、父親像というものを持たずに育ったのだから、当然といえば当然かもしれません。これは彼が一生背負っていかなくてはならないことなのです。


彼は父親であるあなたに会う機会は得られなかったけれど、私の言葉を通してあなたのことを知るようになったし、あなたに対したくさんの愛情を感じています。彼があなたを忘れることは決してないし、あなたの不在を責めることもありません。彼はあなたを誇りに思っている。私たち家族全員が、時には涙することもあるけれど、彼と同じ気持ちでいます。あなたの息子にとってあなたは英雄なのです。あなたはオスカルという人間、私の「色黒ちゃん」、そして「生真面目な奴」。でもそれだけではなく、行方不明となった人々全員を象徴するヒーローなのです。あなたの人間性、行い、あなたの存在が意味するもの、それら全てがあなたへの尊敬の念を私たちの心の中に刻み、私たちはあなたを想いつづけるのです。

私たちが遠いどこかで再び巡り逢うとき、私たちは一生分の時間をかけて、未完成のパズルを組み立てることでしょう。あなたが今どこにいようとも、私のことを忘れずにいてほしい。時には忘れてしまうこともあるでしょう?そんなとき私は置いてけぼりになってしまうのです。「もうタオルを投げて降参するわ。これ以上続けるなんで無理。それにはもう歳を取りすぎたのだから」―こんな風に言いたくなるときだってあります。でもあなたにこの手紙が届き、私の声が聞こえたら、忘れずに私の背中を押してちょうだい。そしてこう声をかけてね。「母さん、諦めちゃいけない!」と。

安らかに眠ることもできず、ここで家族と一緒にいることもできないあなた。家族の元に帰るためならあなたは何だってするでしょう。私にはそれがわかるのです。こんなことを言うのは辛いことだけれど、あなたがいないという現実がある。このような生活を送るつもりなど決してなかったのだけれど。私たちは犯した間違いの大きな対価を支払ったのです。でも過去に戻ることなどできないのだから、私は希望を持つことにします。あなたと再会し、抱き合い、もう決して離れることはない、そんな日を夢見て。私の「色黒ちゃん」、愛を込めて私はあなたをそう呼んだものね。愛しい私の息子よ、さようなら。いつか再会が叶う日まで。―母より


(記念碑の文)「米州人権委員会に申し立てられた事件P-1194-06番に関し合意された有効解決案に基づき、グアテマラ政府は1984年2月23日に起きたオスカル=ダビド=エルナンデス=キロアの強制失踪に関する責任を認めている」

「時は過ぎ去るもの。でも私たちの記憶の中で、あなたは永遠の命を授かった。愛は忘却を超える」
エルナンデス=キロア一家


歴史究明委員会(CEH)の報告によると、オスカルは内戦下でグアテマラ治安部隊によって行われた約4万5千人にものぼる強制失踪の犠牲者の1人である。(2)

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1. グアテマラ大司教人権事務所編 『グアテマラ虐殺の記憶:真実と和解を求めて/歴史的記憶の回復プロジェクト』 第5巻 『内戦犠牲者』 1998年 361頁
2. Dewever-Plana, Miquel 著 『La verdad bajo la tierra: Guatemala, el genocidio silenciado』2006年 6頁