2008年10月20日

アメリカ社会フォーラム2008

グアテマラ グアテマラ・シティ
2008年10月7日‐12日

第3回アメリカ社会フォーラムが、グアテマラ・シティを会場に、10月7日から12日に開催された。「アメリカ社会フォーラムは、2001年に始まった『世界社会フォーラム』のプロセスの1つである。市民社会による様々なイニシアティブを示し、批判的思考を育む場、また、新自由主義的秩序に代わる新しい秩序を形成するための重要な場となっている。『もうひとつの世界は可能だ』という共通の信念が、この運動の根幹の一部をなしている」(1)

グアテマラ、サンカルロス大学のキャンパスには、アメリカ大陸の至るところから、何千という人々と組織が集まった。議論を通して自らの考えを表現し、ネットワークを築く、そして進歩的な選択肢を作り上げる―それが参加者の目的だ(2)

集まった人々と同様に、フォーラムの成果やそこで生まれた提案もまた、非常に多様で広範囲にわたるものであり、すべてを紹介することは難しい。そこで、今回のフォト・エッセーでは、フォーラムの様子を伝える写真を紹介するとともに、他サイトにある様々な「視点」へのリンクを提供しようと思う。

フォーラムの最後には、最も力強い声明の1つが、先住民族とアビヤ・ヤラの人々による宣言として発表された。宣言には、こう記されている。「フォーラム開催中、我々は資本主義―現在は新自由主義という名の下で仮面をかぶっているが、じきに新植民地主義という本当の姿を現そう―が、この地球、そして宇宙に暮らすあらゆる生命にとっての最たる敵であることを確認した」 宣言の全文は、こちらのサイトに掲載されている(スペイン語のみ)。(3)

今回のフォーラムについて、英語による報道はほとんどされていない。英語で書かれた数少ない記事の1つを、マーク・ベッカーが、ラテンアメリカの社会運動や政治について伝えるオンラインマガジン『UpsideDownWorld.org』に寄せている。「社会フォーラムは、各回ごとに異なる性質を持つものである。アメリカ社会フォーラムの委員会メンバーを務めたホルヘ・コロナドは、グアテマラで開催された今回のフォーラムを、『この大陸に暮らす人々による、社会運動という抵抗のフォーラム』と位置付けた。コロナドは、参加者が『自由貿易協定や新自由主義路線、農村地域や先住民コミュニティに影響を及ぼす鉱山にまつわる問題など、社会運動という闘いが抱える、最も急を要する問題』について議論する姿を目にした」 ベッカーによる記事の全文は、こちらに掲載されている(英語のみ)。(4)

グアテマラの作家Kajkoj Ba Tiul が、アメリカ社会フォーラムのプロセスを構成する力の構造について、爽快で前向きな批判をエッセーにまとめている。「『もう1つの世界は可能だ』と宣言するならば、『もう1つの政治的左派は可能だ』ということも考えに入れなくてはならないだろう。そしてもちろん、『もう1つの社会運動は可能だ』ということもだ。我々だけが答えを導き出すことができる―そう強く信じるのはなぜなのだろう?歴史に残る指導者だから、という理由だけで、その人物だけが真実を語ると考えるのはなぜなのか?我々自身がいる組織構造において、民主的なプロセスを生み出すことができずに、どうやって国の民主化を要求できるというのか?」 Ba Tiul のエッセー全文は、こちらに掲載されている(スペイン語のみ)(5)

残念なことに、アメリカ社会フォーラムを取り上げた英語の記事は少ない。独立系ニュースサイトであるIndymedia Chiapas (6) とALAI Net (7) では、スペイン語ではあるが、フォーラムを大きく取り上げている。

第3回アメリカ社会フォーラム開会式より

第3回アメリカ社会フォーラム開会式より

第3回アメリカ社会フォーラム開会式より

第3回アメリカ社会フォーラム開会式より

第3回アメリカ社会フォーラム開会式より

第3回アメリカ社会フォーラム開会式より

第3回アメリカ社会フォーラム開会式より

第3回アメリカ社会フォーラム開会式より

「アートのない革命は、金、権力、暴力、欲をもって体制を変えようとするようなものだ」

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【出典】

2008年9月29日

ラテンアメリカ水法廷、ゴールドコープ社を再び糾弾

グアテマラ サカテペケス県 グアテマラ・アンティグア
2008年9月12日

「『先住民の土地・領地に公平な水の権利を』をスローガンに、ラテンアメリカ水法廷が5回目となる公聴会を開催した。今回の審議は、グアテマラ・アンティグア市を会場に、9月8日から12日の日程で行われた。水に関する問題が先住民族に影響を及ぼしている事例10件―ブラジル、エル・サルバドルが各2件、メキシコ、グアテマラが各3件、パナマが2件―について、それぞれ分析が行われた」(1)

「水法廷の陪審団は、これら10件の事例すべてに判決を下し、内4件に関しては仲介役を担った。独立した組織であるこの陪審団は、これまで高い倫理規範を掲げ活動してきた、各分野の専門家によって構成されている」(2)

「倫理法廷」とは、法的性格を持つ民衆法廷であり、その目的は、市民社会や民間組織間の対立を解決することにある。紛争の分析や解決に向けて、新たな場を提供するものだ。倫理的性質を基礎とするこういった法廷は、「法」という考えを再構築する場であり、とりわけ環境問題の解決に向けた代替案を模索する上で、理想的な基盤となる。(3)

「(カナダ系鉱山会社ゴールドコープ社の現地法人である)モンタナ・エクスプロラドーラ社所有のマーリン鉱山は、サン・マルコス県シカパカとサン・ミゲル・イシュタウアカンにて、2005年に金と銀の採掘を開始した。金属抽出のために鉱石を粉砕する採掘場の面積は、142ヘクタールにおよぶ。地元住民によると、採掘活動によって289へクタールの森林が破壊されており、また、鉱山廃棄物はツァラ川流域を汚染する可能性がある酸性排水の原因となるだろうという。地元共同体は今回の水法廷にて、およそ1万人の住民に水を提供してきた数多くの井戸が枯れてしまったことに対する申し立てを行った」(4)

「水法廷によると、鉱山廃棄物から酸性排水や危険物質が流出する可能性は非常に高いという。これが地元住民に与える影響は非常に深刻なものとなるだろう。危険物質は、一旦流出すれば、ツァラ川支流のクイルコ川流域に容易に達し、最終的には、数多くの水生動物に影響を及ぼすこととなろう」(5)

審議の結果、水法廷は以下の判決を下した。

「1.危険度の高い採掘作業の状況改善が図られていないことについて、グアテマラ政府の責任とする」(6)

「2.国際労働機関の第169号協定、リオ宣言第10原則、1985年3月31日制定のグアテマラ憲法44条および46条、1996年締結の和平協定、とりわけ先住民族のアイデンティティと権利に関する協定といった法律および国際協定を遵守していないことに対し、グアテマラ政府を非難する。」(7)

「3.先住民族の伝統的司法制度を尊重していないことに対し、グアテマラ政府を非難する」(8)

「4.サン・ミゲル・イシュタウアカンおよびシパカパの周辺環境と地元住民が被った損害について、グアテマラ鉱山会社モンタナ・エクスプロラドーラ社の責任とする」(9)

ホンデュラス、シリア・バレーにあるサン・マルティン鉱山では、非常に毒性の高いシアン化物を噴射するスプリンクラーが地表面に設置されている。

水法廷は2年連続で、中央アメリカにあるゴールドコープ社の現地法人を非難している。2007年にメキシコ・グアダラハラで行われた聴聞会では、「水資源の不適切な使用、同地域で引き起こした汚染、地元の生態系および住民の健康に及ぼした危険に対し、(ゴールドコープ社の現地法人で、ホンデュラス、シリア・バレーにある)ソシエダード・ミネラレス・エントレ・マレス社を非難した」(10)


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1. http://www.tragua.com/es/index.php?option=com_content&task=view&id=74&Itemid=58より
2. 同上
3.
http://www.tragua.com/es/index.php?option=com_content&task=view&id=4&Itemid=41より
4.
http://www.prensalibre.com/pl/2008/septiembre/13/263443.htmlより
5. 同上
6. ラテンアメリカ水法廷 『Veredictos de la Audiencia en Guatemala, 2008』 Caso Minería a cielo abierto en la cuenca del río Cuilco y subcuenca del río Tzalá. Municipios de Sipacapa y San Miguel Ixtahuacán, Departamento de San Marcos, República de Guatemala. 
http://www.tragua.com/es/index.php?option=com_content&task=view&id=145より
7. 同上
8. 同上
9. 同上ラテンアメリカ水法廷 『Veredictos de la Audiencia en Guadalajara, México, 2007』 Caso: Usurpación, explotación irracional y contaminación de aguas superficiales y subterráneas atribuidas a la actividad minera en el Valle del Siria. Municipios de San Ignacio, Cedros y El Porvernir, Departamento de Francisco Morazán. República de Honduras. 
http://www.tragua.com/es/index.php?option=com_content&task=view&id=129&Itemid=52より

2008年8月29日

イサバル湖―死に向かいゆく命の源

グアテマラ イサバル県 イサバル湖
2008年8月29日


グアテマラの大西洋岸からほんの数キロのところに、この国最大の淡水湖が広がっている。巨大な水域を持つイサバル湖は、縦に45キロ、幅は最大で20キロに及び、366平方キロメートルの水面積を誇る。(1)







「毎年やってくる嵐に苦しみながらも、イサバル湖は多種多様な魚、クロコダイル、爬虫類を含む豊かな生態系を育んでいる。その湖岸は鵜やサギなど様々な鳥類や数種の哺乳類の生息地・繁殖地となっており、湖水には貴重なマナティーが暮らし、珍種の淡水鮫もイサバル湖の水環境に順応し生息している」(2)













遥か彼方まで続く湖岸には、何世代にもわたりマヤ系先住民ケクチの人々のコミュニティが築かれてきた。漁業活動は先住民コミュニティが栄養源を確保する上で極めて重要であり、また文化や生活様式とも密接に結びついている。









地元漁師たちが、環境に優しい漁法を学ぶ。カメなどの傷つきやすい種を保護するためだ。

数限りない動植物、そして地元住民コミュニティの生活を支える命の水は、鉱山産業にとっても欠かせない役割を担っている。「水なしで鉱業活動を行うことはできない。地表下から塊で掘り出される岩石には、ニッケルがコバルトやマグネシウムといった他の物質と混ざり合って含まれており、これらを分離して純度の高いニッケルを取り出すには、700度に達する高温で岩石を精錬する必要がある」 イサバル湖は、冷却に必要な大量の水を提供する理想的な水資源なのだ。(3)

イサバル湖の端に位置するのが、歴史的に悪名高いエクスミバル・ニッケル鉱山―今日フェニックス・プロジェクトとして知られている―である。鉱山の運営を行うのは、カナダ系鉱山会社HudBay Minerals社の現地子会社、グアテマラ・ニッケル社(CGN)であり、同社はエル・エストールの町からほんの数キロの場所にオフィスを構えている。CGNはホームページ上で、「イサバル湖の水を使用する。使用量は現在のところ未定ではあるが、水は機材の冷却にのみに用いられ、その後再利用されるため、使用量を数値として出すことは無意味である」としている。(4)

水の使用について、エル・エストール総合開発協会(AEPDI)のメンバー、ダニエル・ヴォクトはこう説明する。「利権契約には、鉱山会社は使用した水を汚染物質がない状態にして湖に戻す義務を負う旨明記されているが、使用済みの水を湖に戻す際の水温はどの条項にも規定されていない。冷却に用いられた水のほとんどは、高温での使用によって蒸発してしまう。残留した水は過剰に高い温度のまま湖に戻される可能性があり、そうなれば、現在の生物多様性の存続が大きな危機にさらされることになるだろう」(5)

鉱業契約では、CGNは毎秒10.5m立方メートルの湖水の使用を認められている。「イサバル湖の面積は590平方キロメートル、深さは平均して30メートルである。そこから計算すると、湖水量は約17,770,092,000リットル。同契約は、たった19日半で湖を満たすことができるほどの水量をCGNが使用することを認めていることになる」(6)

「これまでの過酷な採掘作業によって、エル・エストール周辺の脆い生態系に汚染が広がっている。マヤ系先住民の大多数が住む山側で起きている侵食がその一例だ。森林伐採によって山崩れや様々な自然災害が引き起こされているのだ。マヤの人々が所有する土地は化学廃棄物であふれ、様々な毒物にさらされている。ニッケルは、細塵として吸引した場合ガンを誘発する可能性を持つ有害物質であり、また水質汚染を引き起こす重金属でもある。汚染された水を摂取した人の体内には、汚染物質が残留する」(7)

「どこの鉱山であれ、鉱業に関する問題は往々にして水源をめぐる対立を引き起こす・・・(中略)・・・テキサス大学の地質学博士ロバート・モーランによると、鉱山活動に端を発する最も深刻な問題は2つあり、その1つは水に関係するものだという。最初に起こるのが生活に不可欠な資源である水を巡る争いであり、世界の中でもコスタリカ、グアテマラ、メキシコ、ニカラグアでは現在、水にまつわる『ドラマ』が繰り広げられている。第二の問題は、鉱山活動が開始されると『水源がある時点で汚染される可能性が高い』ことにある。そして水源の浄化コストは年々高まっていくのだ」(8)


「2008年8月25日、HudBay Minerals はスカイ・リソーシーズ社との合併を完了し、イサバル県エル・エストールにてフェニックス・プロジェクトの最前線に立つこととなった・・・(中略)・・・現在のプロジェクト計画では、2009年の最初の数ヶ月でニッケルの生産を開始し、2012年までにはフル生産に入ることを予定している」(9)

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1 http://es.wikipedia.org/wiki/Lago_de_Izabal
2 http://www.deguate.com/geografia/article_411.shtml
3 http://www.inforpressca.com/inforpress/infor2003/1531-13.htm
4 www.cgn.com.gt
5 http://www.inforpressca.com/inforpress/infor2003/1531-13.htm
6 同上
7
http://www.oxfamamerica.org/es/noticias/noticias/guate_niquel
8 http://chapineseneuropa.com/index.php/20060112176/Salud/Agua-fuente-de-vida-y-de-conflictos.html9 www.cgn.com.gt

2008年7月31日

ガリフナの人々―巨大観光産業への抵抗

ホンデュラス アトランティーダ県

テラ・ベイ(ミアミ、バラ・ビエハ、トルナベ、サン・フアン、トリウンフォ・デ・ラ・クルス)のガリフナ・コミュニティ

2008年7月31日


「『何百キロにもわたり続くビーチが手付かずのままとなっています。もったいないことです』 2001年、当時のホンデュラス観光担当官アナ・アバルサが語った言葉である。『私たちに必要なのは強力な観光業です。私たちは太陽とビーチを追い求めているのです』」(1)

しかし、何百キロと続くターコイズブルーの海と白い砂浜は、見捨てられた場所などではない。カリブ海に面したこの地域の大部分は、200年以上にわたり、多くのガリフナ・コミュニティの「家」となってきたのだ。

ガリフナは、驚くべき順応力と絶え間ない抵抗に彩られた、非常に興味深い歴史を生き抜いてきた人々である。その言語は、ユネスコの世界無形文化遺産に指定されている。

1635年、西アフリカ(現在のナイジェリア)を出発したスペインの奴隷船二隻が、カリブ海に浮かぶセント・ビンセント島付近で難破した。生き残った者たちは、西インド諸島で奴隷となるべく運命を劇的に変化させることとなる。約200人の生存者はセント・ビンセント島で自由を手にし、その後まもなく、「レッドカリブ」として知られる地元先住民グループとうまく共存するようになった。このような文化の融合によって、「ガリフナ」または「ブラックカリブ」としても知られる「ガリナグ」の人々が生まれたのだった。(2)

「1796年、イギリスによるセント・ビンセント島の占領に伴い、ブラックカリブは島外への移住を余儀なくされた。ジャマイカへの強制移住が始まり、その後まもなくロアタン島(現在はホンデュラス領)への移住が進んだ。4,000人を超えるブラックカリブが強制移住させられたが、ロアタン島で生きのびたのはその約半数だけであった」(3)

「ロアタン島は面積が狭く土地も痩せており、ガリフナの人々が生きのびていくには厳しい環境であった。そこで、ガリフナの人々はスペインに対し、中央アメリカ本土にコミュニティを作る許可を求めた。スペインは軍役を課すことを条件にガリフナの入植を認め、これにより、ブラックカリブが中央アメリカ全体に広がっていくこととなった」(4)

今日では、ホンデュラスとニカラグア沿岸部の町に加え、ホンデュラス湾、ベリーズの南部、グアテマラ沿岸部(港町リビングストン周辺)、ロアタン島に、ガリフナ・コミュニティがしっかりと根付いている。(5)

新しい環境に適応するための変化が幾分あったとはいえ、ガリフナの人々は漁業や狩り、キャッサバ、豆類、バナナの栽培、ココナツやイカコと呼ばれる野生の果実の採集など、基本的には祖先に倣った生活様式を維持している。「私たちの文化の根本は、自然環境との調和を確立させることにあります」 トリウンフォ・デ・ラ・クルス村にあるコミュニティ・リーダー、テレサ・レイジェスは言う。

これまで4世紀にわたり、ガリフナの人々は、奴隷制、ヨーロッパ諸国による軍事侵略、強制移住、自然災害など、その存続を深刻に脅かす数々の危機を乗り越えてきた。しかし、グローバル化が進む現代の社会政治的・経済的利害関係が、かつてない脅威をもたらしているようだ。「ガリフナ・コミュニティが持つ2つの最も顕著な特徴―その土地の純粋な美しさ、そして活気に満ちた文化の独自性―こそが、彼らの存続を危機にさらしているのです」(6)

プンタと呼ばれる音楽と踊りが商業的成功を収めたことにより、ガリフナ文化は近年幅広く知られるようになった。脈打つような速いテンポのビートを特徴とするプンタは、ヤンクヌと呼ばれるアフリカ伝来の闘いの踊りから生まれたダンスである。さらに、ギフィティと呼ばれるアルコールドリンクも、海外から訪れる観光客に人気を博している。発酵酒であるギフィティは各家庭で作られることが多く、カモミール、アニス、クローブ、オトギリソウ、オールスパイスを主とする様々なハーブが原料の薬効ドリンクだ。

新自由主義モデル-ここにホンデュラスの権力構造の基礎が置かれている-に則った開発にとって、カリブ海沿岸部、中でも特にテラ・ベイは、巨大観光産業を推し進めるための格好の場所となっている。かつての観光担当官アバルカが述べたように、ここには「利用されていない」美しいビーチがあるのだ。比較的人口も少なく(地元住民は既に「エキゾチック」な存在とされている。産業誘致に関して彼らを説得するのは容易だろうし、安い労働力に加え観光客にとっての娯楽も提供してくれるだろう)、権力構造に身を置く者たちにとっては、これ以上「パーフェクトな」候補地はないのだ。

南北アメリカで際限なく繰り返される巨大開発プロジェクトの構図どおり、ここでも地元住民の意見は考慮されていない。「巨大観光産業がこの地に来ることを私たちは望んでなどいないのです」 ガリフナの人々を代表する組織、OFRANEH(ホンデュラス・ブラックカリブの会)の委員を務めるミリアム・ミランダは言う。 「彼らが私たちの資源を奪いにやってくるのはなぜなのでしょう?彼らを歓迎する者は誰一人いません」(8)

「ガリフナの人々が最も危惧しているのは土地を失うことです」 サン・フアンにあるコミュニティで洗濯をしながら、ベニータ・ディエゴが言う。


ガリフナの土地管理を巡る問題が生まれたのは15年以上前のことだ。「1992年、地元当局及び軍関係者と連座したマルベージャ観光と海外の投資家らが、トリウンフォ・デ・ラ・クルス・コミュニティ内で財産権を侵害する行為を始めた。地元や国内のその他地域から集まった様々な組織は、土地の共同所有権を守ろうと汚職を暴露し、不正行為を中断させるに至った」 今日もマルベージャ・プロジェクトは足踏み状態にある。(9)

著名な人権活動家であり、トリウンフォ・デ・ラ・クルスのリーダーとしてマルベージャ・プロジェクト反対運動を率いたアルフレド・ロペスは、権力の座にある者たちによる報復行為の最初の標的となった。1997年4月27日、ロペスは麻薬取引の嫌疑で即刻刑務所に収容された。ホンデュラス政府を相手取ったこの事件は米州人権裁判所に持ち込まれ(No. 124/01・12,387号)、最終的にはロペスが勝訴した。7年にわたる収監の後、ロペスはようやく解放された。


近年、プロジェクトに反対する活動を行うガリフナの人々は、殺害の脅迫や家屋の焼き討ちを受けたり、コミュニティ住民の3名が暗殺されるなど、非常事態の下で生活を送っている。ロペスはインタビューの際にこう語った。「私たちは、もはや戦争と変わらない状況に置かれているのです」 (11)

今日、土地の略奪、それに対する人々の抵抗と闘いは、トリウンフォ・デ・ラ・クルスからテラ・ベイへと拡大している。北はカリブ海、南はミコス・ラグーンに面し、西側にはジャネット・カワス国立公園、東側はテラ市の市街地が広がるこの地に、西から順番にマイアミ、バラ・ビエハ、トルナベ、サン・フアンと、4つのガリフナ・コミュニティがある。

テラ・ベイ・観光開発協会(DTBT)は、新規プロジェクトである巨大観光複合施設を、これら4つの共同体がある場所に建設したいと考えている。「1億6千百万ドルの費用が見込まれる巨大開発プロジェクトは、一流の観光地としてホンデュラスを売り出そうとするものだ・・・(中略)・・・最初のホテル建設が完了するのは今から1年半後であり、開発予定によると、それに2ヶ月先立ち18ホールのゴルフコースが完成する。テラ・ベイの複合施設はビーチ沿い3.2キロにわたり展開される予定で、4つ星・5つ星クラスのホテルが4軒、別荘が360軒、そしてショッピングセンターが入ることになっている。(12)

2008年1月、312ヘクタールにおよぶ『ミコス・ビーチ&ゴルフ・リゾート』の建設に向け、森林伐採作業が開始された。政府関係者によると、このプロジェクトによって「六千の直接雇用と一万八千の間接雇用が創出され、近隣コミュニティのインフラ及び公共サービスの活性化にもつながる」という。(13)

しかし、地元ガリフナの人々はこの見通しや一連のプロセスに対し不満を抱えている。この地域の土地は個人所有ではなく共同所有となっているのだが、DTBTはその土地所有権を買い取ろうとしている。アルフレド・ロペスは、「マイアミとトルナベでは、何人かの地元リーダーの買収にDTBTが成功しているよ」と語る。これが意味するのは、これまで共同所有されてきた土地が分割され、DTBTに売られているということであり、共同体では深刻な対立が生まれている。


OFRANEHの地元代表を務めるカルロス・カスティージョが、かつて自身が生まれた小屋があった場所に立つ。最近ブルドーザーがやってきて、カルロスの祖母の家を破壊していったという。

リゾートの建設は現在、問題を抱えるマイアミとトルナベ両コミュニティに挟まれたバラ・ビエハから数メートルのところで行われている。バラ・ビエハは、1950年にテラ市に公式に認められて以来続く歴史ある集落だ。バラ・ビエハに住む120の家族は、土地の売却を頑なに拒否しており、DTBTの投資家にとって最大の「障害」となっている。なぜなら、彼らが住むエリアこそが、最も不動産価値の高い場所であるからだ。その場所とは、もちろんビーチである。

「私たちは死ぬまでこの土地をあきらめたりしないよ。彼らが私たちの立ち退きに成功するとしたら、それは私たちが棺に入ったあとのことだね!」1950年代初頭からバラ・ビエハに住んでいるサントス・アントニオ・ガルメンディアは言う。

長い時間を経て、「インディアン」と呼ばれる(ヨーロッパ系と先住民を祖先に持つ人々の混血)多くの家族がガリフナ・コミュニティと混ざり、アフロ・カリビアンの顕著な特徴を持つことで広く知られるようになった。しかし、現代のガリフナ文化は、身体的な特徴よりはむしろ、主にその生活様式、世界観、言語の使い方によって認識されている。

土地問題に加え、国立公園の中心部分で巨大プロジェクトの建設が計画されていることに対する強い抵抗と批判が巻き起こっている。「建設計画によると、ミコス・ラグーンを87.5ヘクタールにわたり埋め立ることが予定されている。そのような変化が湿地帯にダメージを与えることは間違いなく、生態系への影響は計り知れないものとなるだろう。同プロジェクトが生み出すとしている経済効果などとは比べものにもならないほど深刻な影響となるだろう」(14)

「問題はそれだけにはとどまらない。水域の埋め立てによって、近隣コミュニティはカリブ海で発達する熱帯性低気圧やハリケーンに対する防備を失うこととなるのだ。マイアミ、バラ・ビエハ、トルナベ、サン・フアンに住むガリフナの人々の将来には不安がたちこめている」(15)

「国際的な金融機関もこの対立に一役買っている。世界銀行はPATHという名称で知られる土地管理プログラムに資金を提供している。地元住民は、このプログラムによって土地の個人所有が推進され、ガリフナの人々が伝統的に行ってきた共同の土地所有がその犠牲になることを危惧している。テラ・ベイがあるホンデュラスの北側の地域では、米州開発銀行が資金の一部を提供する巨大ホテル複合施設であるロス・ミコス・ビーチ&ゴルフ・リゾートの建設計画によって、こういった組織的問題が悪化している」(16)

土地を分割し、ばらばらに買い取るという戦略は、マイアミで既に成功を収めている。かつて共同所有されていた区画が1家族当たり1ブロックに分割され、住民の多くは最終的にDTBTにその土地を売る以外に方法がなくなってしまったのだ。割り当てられた区画の売却を拒否した住民は、何の選択肢もないまま、売却が完了した区画に囲まれ残されることとなっている。「マイアミで起こったことを考えてみてください」とアルフレド・ロペスは言う。「コミュニティの存在はもはや風前の灯火のようです。これは悲劇です。彼らは住民を騙し、土地の譲渡証書にサインせざるを得ないようにしたのです。コミュニティは破壊されました。まだ存続しているコミュニティに将来的に何が起こるのか、警告を発しているのです」(17)

「私が死んだら子供たちはどうなるのでしょう?土地を彼らに売るつもりはありません。ここは私が子供たちに残してやる土地なのだから!」バラ・ビエハの住民が言う。

「ガリフナの本質である私たちの風習、伝統、言語は、全て私たちの生活様式と密接につながっています」とアルフレド・ロペスは続ける。「私たちの世界観を共有しようという人々なら、誰でもこの地に歓迎しますが、巨大プロジェクトの参入には反対です」

巨大観光プロジェクトに対するもう1つの選択肢として、ガリフナの人々の多くは、小規模のエコ・ツーリズムを発展させることに賭けている。こういったツーリズムには中間業者が必要ないため、住民は直接収入を手にすることができるし、自然環境への負荷も少ない。漁師らは、モーターボートやカヌーで観光客をプンタ・サルやミコス・ラグーン周辺に喜んで案内するだろう。マイアミとバラ・ビエハを訪れるなら、新鮮な魚を料理したり伝統的に食されている米と豆の料理でもてなしてくれる家族もいるし、宿が必要なら質素な宿泊施設もある。ビーチ沿いには、地元の人々がヤシの葉で作った日よけもある。「観光に訪れる人たちに日陰を作ってあげようと思ってね。ここを訪れる人を歓迎するよ」バラ・ビエハの住民の言葉だ。

潤沢な資金を持つDTBTに対抗しようなど、不可能なことに見えるかもしれない。しかし、サン・フアンでは女性たちがプロジェクトを立ち上げ、地元コミュニティへの投資を果敢に行っている。今年4月、設備の整った美しいキャビンが3軒オープンした。1泊40米ドルで、料金は宿泊人数が増えても変わらない。各キャビンには、台所(調理台、冷蔵庫、食器類付き)、リビング・ダイニング・ルーム(テレビ付)、寝室が2部屋(フルサイズのベッドが3つ)、バスルーム、ベランダ(ハンモック2つ付)が備わっている。

これら3軒のキャビンはサン・フアンにあり、目印となるレストラン「El Pescafor」のすぐ隣に位置している。サン・フアンはマイアミやバラ・ビエハに比べると幾分町の雰囲気がある場所で、テラの中心部から10分程度だ。お問い合わせや予約は、504-3271-4652(ベニータ・ディエゴさん)または504-3378-2723(エスメラルダ・アルスさん)までどうぞ。

「自分たちの手で行うプロジェクトが必要なのです。外部から来た人間に搾取されたくないし、先祖代々の土地からの立ち退きもしたくありません。私たち自身でエコ・ツーリズムを発達させ、ガリフナの世界観を維持しつつ自然環境を敬う産業を興したいと思っています」(18)

お問い合わせや支援に関しては以下にご連絡ください。
OFRANEH:
ofraneh@yahoo.com
Rights Action: info@rightsaction.org

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1. ライアン・ラモール 『The Last Rebels of the Caribbean: The Garifuna Fighting for their Lives in Honduras』 2008年3月27日 http://upsidedownworld.org/main/content/view/1195/46/
2. http://es.wikipedia.org/wiki/Garifuna_%28etnia%29
3. 同上
4. 同上
5. 同上
6. 同上 ライアン・ラモール
7. 同上
8. 同上
9. Comisión Interamericana de Derechos Humanos. Informe No. 124/01, Caso 12.387より アルフレド・ロペス・アルヴァレス ホンデュラス 2001年12月3日 
http://www.cidh.org/annualrep/2001sp/Honduras12387.htm
10. 米州人権裁判所 ロペス・アルヴァレス vs. ホンデュラス 2006年2月1日判決より  (Fondo, Reparaciones y Costas) http://www.corteidh.or.cr/docs/casos/articulos/seriec_141_esp.pdf
11. Human Rights First 『Garifuna Activists Under Attack in Honduras』より 2005年11月23日 http://www.humanrightsfirst.org/defenders/alert112305_garifuna.htm
12. エル・ペリオディコ紙 グアテマラ 2008年1月14日 http://www.elperiodico.com.gt/es/20080114/economia/47473
13. 同上
14. ミランダ・ミリアム 『El BID y la Destrucción de la Laguna de Micos』 Comunicado de OFRANEH ホンデュラス ラ・セイバ 2006年6月3日 
http://portal.rds.org.hn/listas/libertadexpresion/msg00505.html
15. 同上
16. 同上 Human Rights First
17. 同上 ライアン・ラモール18. テレサ・レイジェスとのインタビューより ホンデュラス アトランティーダ テラ トリウンフォ・デ・ラ・クルス・コミュニティ

2008年7月7日

軍事パレードに終止符を

グアテマラ グアテマラ・シティ
2008年6月30日



1871年以来毎年、グアテマラの人々はキャラバンをなして自分たちの住む通りを練り歩く軍隊の姿を目にしなくてはならなかった。政府が「軍隊記念日」と定める6月30日に行われる軍事パレードである。しかし1999年、このパレードに反対する動きが始まった。これは、HIJOS(『忘却と沈黙に反対し正義と人権を求める子供たち』の意であるスペイン語の頭文字をとった名称。メンバーの多くは、1970年代から80年代にかけて軍の独裁政権下で強制失踪の犠牲となった人々の家族である)による運動であり、軍事パレートに完全な終止符を打つことをゴールとしてきた。HIJOSのメンバーはこう述べている―「正義を求める数々の法的手続きにおいて、人道に対する罪で軍部が訴えられている国において、軍事パレードは市民社会に対し軍事力を誇示するための行為であることは明らかです。そういった非難の声にも関わらず、軍部は完全なる免責の下、通りを闊歩しパレードさえ行っているのです」(1)

これまでの9年間、軍事パレードを阻止しようという動きが暴力的な衝突に至ったこともある。その例が、昨年6月30日に行われたパレードでの出来事だ(詳しくは前掲のフォト・エッセー『遮られた軍事パレード―忘却を赦さない犠牲者たちの家族』をご覧下さい)。

そして今年6月10日、政府和平担当官オルランド=ブランコが、「内戦の影響を受けた大勢の人々からの申し立てにより、グアテマラ政府は軍事パレードの中止を決定した」と発表した。軍の上層部は、政府の決定にさほど重要性がないと見せかけるため、今年のパレードの中止は"緊縮財政"を理由に既に決まっていたと述べたのだった。(2)

それでもなお、「パレードの中止はHIJOSにとっての大きな勝利です。脅迫や襲撃、抑圧に屈することなく、来る年も来る年も軍事パレードに反対する行進を続けてきた全ての人々の力による勝利なのです。そして私たちは改めて表明します―軍部による町の巡回(国家文民警察との合同巡回)を終わらせること、強制失踪の犠牲者に永眠の地を見つけること、民間人であれ軍関係者であれ、暴虐行為を指揮した張本人の仮面を必ずや取ってみせる決意を。大量虐殺の罪を犯した彼らに法による適切な裁きを受けさせるのです」(3)


社会運動を行う様々な組織と共に、HIJOSはこの達成を記念するための行進を招集した。行進は、抗議の行進としてグアテマラ・シティのゾーン2にあるホコテナンゴ公園を出発し、終着点である中央広場には、音楽とアートフェスティバルの一団として到着した。お祝いムードに包まれたこの日を、参加者全員が心から楽しんだのだった。

HIJOSメンバー、ラウル=ナヘラが、中央広場でのフェスティバル参加者に語りかけた。「友人であり同志である皆さん、今日6月30日、この場所に軍人の姿はありません。彼らの代わりに、私たちが踊り、この日を祝いながらこの場所に立っているのです!今日2008年6月30日を、ここにいる全員で、『英雄と殉難者たちの日』と定めましょう!もう軍事パレードなど私たちには必要ないのだから!」































































「これまでの活動の全てが、私たちの歴史の全てが、恐怖と蛮行の歴史的象徴しを阻止したのです。私たち自身の力で、軍事パレードに終止符を打つことができたのです。これは、今日ここにいる全ての人々、サン・マルコス、イシュカン、ペテン、エル・エストールそしてコバンへと広がった請願書に沈黙を破って署名した全ての人々、そしてこの国のどこかの忘れ去られた片隅で、土地所有権を認める紙切れに判を押す日を待ちつづけている全ての人々による勝利です。この行進はこれからも続いていきますが、命を捧げた人々を私たちの記憶に留めておくために、私たちはさらなる一歩を踏み出さねばなりません。そして全員で、グアテマラの人々の命、尊厳、公正な闘い、そして希望を表す旗を掲げましょう」(4)

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Versión en español aquí.

1. HIJOSグアテマラ声明文 『No Queremos Armarte, Queremos Desmilitarizarte』より グアテマラ 2008年5月
2. フェルナンデス=マルセラ 『No habrá desfile el 30 de junio』 プレンサ・リブレ紙 グアテマラ 2008年6月10日  (
http://www.prensalibre.com/pl/2008/junio/10/243478.html) 
3. HIJOSグアテマラ声明文 『Ante la Suspensión del Desfile Mlitar』 グアテマラ 2008年5月

4. HIJOSグアテマラ声明文 『Todos y Todas Paramos el Desfile Militar: Es Tiempo de Desmilitarizar Nuestro Territorio y Nuestra Mente』 グアテマラ 2008年6月

2008年6月30日

中央アメリカにおける金属鉱業ー苦しみと抵抗

グアテマラ エル・サルバドール ホンデュラス ニカラグア
2008月7月2日


Oxfam Americaの約1年に及ぶ精力的な活動が1冊の写真集として出版されることとなりました。グアテマラで発表される写真集、『中央アメリカにおける金属鉱業―苦しみと抵抗』は、本サイト管理者(ジェームズ=ロドリゲス)撮影の写真を特集しています。写真の掲載形式も、本サイトと同様のフォーマットとなっています。

72ページ全篇カラーからなるこの写真集は、グアテマラ、ホンデュラス、エル・サルバドール、ニカラグアにおける金属鉱業に焦点を当てています。産業レベルで行われている金属鉱業がもたらす負の影響、そして地域住民による様々な形の抵抗運動を写真で記録したもので、全ページに調査に基づく説明文が加えられています。金属鉱業の悪影響を浮き彫りにする数々の実例を通して、水源の利用と汚染、森林伐採、健康被害、依然続く貧困、操業が行われている地域における持続可能な開発の欠如、そして必ずといってよいほど持ち上がる社会的対立など、根本的な問題を取り上げています。

この写真集の出版は、2008年7月2日朝9時から、グアテマラ・シティにあるロイヤル・パレス・ホテルにて正式に発表される予定です。

当日パネリストとして参加するのは、サン・マルコスからアルバロ=ラマツィーニ司教、そしてグアテマラ先住民族・農民全国調整委員会(CONIC)からロドルフォ=ポコプ氏のお二人です。グアテマラで行われている鉱山活動に反対する活動家の第一人者であるラマツィーニ司教は鉱山法の改正について、ポコプ氏は鉱業とマヤの世界観の関係について、ご自身の見解を話してくださいます。

写真集の一部を以下に紹介します。今回はスペイン語のみの出版となっていますが、近い将来、英語版の出版も予定されています。


ホンデュラス―コパンのサン・アンドレス鉱山からの酸性排水

エル・サルバドール―カバニャス県にあるサン・イシドロの住民は、極度の水不足に苦しめられている。乾燥地帯であるこの地域での操業が提案された巨大金鉱山エル・ドラドは、毎時間何千ガロンという水を消費することとなる。

ニカラグア―北アトランティコ自治地域にあるボナンザの町を、自転車に乗った男性が走っていく。そのすぐそばには、鉱山からの残留物やシアン化物が入っていた数多くの空容器によって完全に汚染された貯水池が広がる。露天掘りが行われるラテンアメリカの鉱山では、非常に毒性の強い有害物質が大量に使用されている。これら鉱山を運営するのは、ほとんどがアメリカ、カナダ、オーストラリア資本の鉱山会社だ。

ホンデュラス―バイェ・デ・シリアにある町、エル・オイルベニール。極貧生活を送る家族が、洗濯をしようと近くの小川に向かう。サン・マルティン鉱山によって汚染された小川である。同鉱山は、1990年代後半の操業開始当時から非常に大きな問題となっている。近隣共同体住民の半数以上が、鉱山によって汚染された水を消費したことが原因で、不可解な皮膚病や深刻な内臓疾患に苦しんでいるのだ。同鉱山を運営するのはバンクーバーに本社を置くゴールドコープ社である。同社は、グアテマラのサン・マルコス県にもマーリン鉱山を保有しており、そこでもまた、様々な問題を引き起こしている。


グアテマラ―ウェウェテナンゴ県ネントンにあるCajtavi 集落。地元住民の領土における採掘権を、エネルギー鉱山省が海外の鉱山会社に与えたことに対し、住民らは共同体協議会を開催し、全員一致で採掘権を認めない決定を下した。こういった住民投票は、国際企業と無責任な地方政府によって持ち込まれた鉱山活動に対する人々の抵抗を象徴的に物語っている。

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2008年5月15日

アンブッシュ・プロテスト―メイハ・ビクトレス宅にて

グアテマラ グアテマラ・シティ
2008年5月3日



「1999年5月、『軍部日誌』とみられるかつての機密文書がに公開された。そこには、オスカル・ウンベルト・メヒア・ビクトレス将軍の独裁政権の下(1982年-1985年)で、将軍の直接指示により行われた数多くの人権侵害が記録されている。同文書には、内戦下で170人のグアテマラ人が受けた拷問、拉致、強制失踪の実態が明確に記されており、4万5千人以上が犠牲となった国家治安部隊による強制失踪の一部を明らかにしている」(1)

「今日に至るまで、軍部の指導者が人道に対する犯罪で裁かれた例はない。よって私たちグアテマラ人は、国家主導のテロリズムの実行犯を明らかにするため、独自の方法を作り上げなくてはならないのだ。社会の免責構造と忘却という隠れ蓑の下でそういった実行犯たちが死んでいくことを許すわけにはいかないのだから」(2)

「『アンブッシュ・プロテスト』とは何か?これは正当な法の裁きを受けていない犯罪者を明らかにし、公けに糾弾するために用いられる手段である。犯罪者を待ち伏せし、抗議活動を行うのだ。大勢の人々を動員して芸術的な表現方法を用い、人々の間に彼らが犯罪者であるという意識を広めてゆく。これにより、犯罪者らは自らが住む社会・経済・政治的空間において過去の犯罪行為を暴かれ、嘲りを受けることとなるのだ」(3)

「『アンブッシュ・プロテスト』が目指すのは、人々の集団的・歴史的記憶を取り戻すことである。内戦犠牲者の友人や家族、そして内戦を生き延びた人々に、人権擁護を求め公の場で声を上げる機会―この国の司法制度は長年にわたりこれを拒んできた―を与えることで、記憶の回復を目指すのだ」(4)

「国家によるテロリズム、その必然の結果である市民の自由に対する制限は、寡頭政治がその資金調達を行い、グアテマラ軍部が実行に移してきた。そういった政策が、内戦下における25万人以上の死者、そして4万5千人にのぼる拘束や強制失踪の犠牲者を生んだのだ」(5)

「私たちは民衆の視点から正義を回復し、これまで正義を求めながらも手にすることができなかった人々に力を与えることを目指す。私たちこれまで歪曲された『正義』の下に暮らしてきた。その『正義』は、裁判所を裏切り続け、銃やライフルによって守られてきたのだ」(6)

グアテマラにおける軍国主義の問題

「私たちが定義する『軍事主義』とは、社会・政治・経済に関する多様な問題に立ち向かうに際し、国家が組織的な暴力を用いることである。グアテマラでは、軍部がそのような役割を担ってきた」(7)

「社会のあらゆるプロセスと同様、グアテマラの軍国主義はこの国の歴史的背景に照らし合わせて考える必要がある。言い換えるならば、軍を操り、『育て上げて』きた権力構造がどのようにしてグアテマラ社会の優位な位置に立つこととなったのか、また同構造がどのようにして政治・社会・経済界においてその力を拡大し続けてきたのかを分析することが欠かせない。軍が力をつけ始めたのはグアテマラにまだ自由があった時代のことであり、勢力拡大は内戦の間中続いた。そして遂に、権威主義、免責の構造、権利の侵害を強行する『国営』の権力構造を再構築するに至ったのだ」(8)

「軍事関連支出の急増、軍装備品の技術改良に向けた地域的取り組みへの軍部の関与、国家機動部隊の派遣、国際的に活動する『平和維持軍』(例:国連主導の平和維持軍)への参加開始は、グアテマラ軍が依然として内戦時代と何ら変わりない政治的・軍事的権力に裏打ちされた機関であることを再び露わにするだけである」(9)

「軍部は当初から社会の支配階級と密接なつながりを保っており、新自由主義下の資本主義を推し進める経済計画に不可欠な下支えとなっている。権力を巡って軍部と支配階級がぶつかり合うこともあるが、たいていは『停戦』が結ばれる。軍部は特定の政治的・経済的利害をちらつかせて支配階級を跪かせ、結果グアテマラ社会を抑圧しているのだ。内戦下で明らかになったように、寡頭政治を行う者たちも軍部も、政治・文化・経済における『君主』としての地位を永遠のものとするためであれば、世にも恐ろしい国家的ホロコーストを行いうるし、またそういった行為を自ら進んでやってのけるのだ」(10)

「良心的な視点に立ち、グアテマラの歴史、そして真の自由と公平な生活を求める尊厳に満ちた社会運動に目を向ければ、私たちは沈黙を破るための方策を練らずにはいられなかったのだ。身の毛もよだつ数々の戦争犯罪やグアテマラで行われた集団虐殺、免責の構造、この国に迫りくる再軍事化の流れに責任を持つ者たちに立ち向かい、告発し、行動を起こすためである」(11)

「よって私たちは軍部に対し、街路からの即時撤退を要求する。警察と軍による連合部隊などもうたくさんなのだ。そして、軍人が国家警察隊と共に私たちの通りを巡回することを合法とした40-2000法令の取り消しを求める」(12)

「6月30日(軍隊記念日)と9月15日(独立記念日)に行われる軍事パレードの廃止を要求する。このような軍事力の誇示は、グアテマラ社会に対する侮辱行為以外の何ものでもない。加え、軍部は人道に対する犯罪で(国内および国際的な)司法制度による糾弾を受けているのだ。それにも関らずパレードを継続することは、免責の構造がこの国に存在することを明らかにしているのだ・・・(中略)・・・民主的プロセスの構築を目指す国において、(36年にわたる内戦を終結に導いた)和平協定の締結後も、組織化された暴力と全体主義を助長する軍事力が誇示されているのだ。このような矛盾があっていいはずがない」(13)

「軍部が保管している記録文書へのアクセスもまた、必ずや認められなくてはならない。私たちグアテマラ人は、国家予算の調査・立て直しを行い、民衆の手による振り分けを行う歴史的権利を有しているのだ。それによって、強制失踪、大虐殺、超法規的処刑、虐待行為についての真実を明らかにし、正真正銘の正義を求めるのだ」(14)

「国内、そして国際的に活動する組織、グアテマラ国民、連帯のための国際的活動を行っているすべての人々にお願いする―集団虐殺に関与した軍部に対し、軍部の支配階級に対し、そして軍部を象徴するものに対し、声を上げて欲しい。グアテマラの学校、街路、そして歴史から、軍事力という存在を完全に退去させるために」(15)

記憶、真実、正義を求めて
私たちは忘れない 私たちは許さない 私たちは和解しない
-HIJOSグアテマラ

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1. HIJOSグアテマラによるフライヤー 『』より グアテマラ2008年5月
2. 同上
3. 同上
4. 同上
5. HIJOSグアテマラ声明文 『3ra Embuscada al General Asesino Mejía Victores』より グアテマラ2008年5月
6. 同上
7. HIJOSグアテマラ声明文 『Ante la Impunidad Militar, Justicia Popular』より グアテマラ 2008年5月

8. 同上
9. 同上
10. 同上
11. 同上
12. 同上
13. 同上
14. 同上
15. 同上

2008年4月30日

ヘラルド司教―悲劇から10年

グアテマラ グアテマラ・シティ
2008年4月26日


「1998年4月26日、(グアテマラ教区副司教であった)フアン・ホセ・ヘラルディ・コノデラ司教が惨殺された。サン・セバスチャン協会の教区宿舎のガレージでのことだった。暗殺の2日前、ヘラルディ司教は、歴史的記憶回復プロジェクト(REMHI)編纂の報告書『グアテマラ 二度と再び』の公表を行った。人々の証言やその他証拠資料をまとめた同報告書は、20万人以上の犠牲者を出した36年にわたる内戦下で、主に貧しい先住民を対象に行われた残虐行為を物語っている」(1)


「真実が明らかにされることに耐えられなかった者たちが、1人の人間の命を奪った。その暗殺によって、ヘラルディ司教は正真正銘の目撃者となったのだ。自らの血を以て、報告書が真実であることに『署名』をしたのだから」(2)

































「新しいグアテマラを作り上げるための貢献がしたいのです。そのために、私たちは人々の記憶を回復するための取り組みを行ってきました。この道のりはこれまでも危険に満ちたものであったし、それはこの先も変わることはないでしょう。しかし、神の王国を築くには様々な危険が伴うのです。それに立ち向かい強さを持った人のみが、この建設に携わることができるでしょう」(3)

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1. ゴンザレス・マリアノ 『Las muertes de Monseñor Juan Gerardi: Ensayo sobre la batalla en torno a la memoria del Obispo』 グアテマラ 2008年4月29日
(
http://www.albedrio.org/htm/articulos/m/mgonzalez-005.htm)
2. サラビア・バルデス・ラケル 『Monseñor Juan Gerardi』  グアテマラ 2008年4月29日
(
http://www.albedrio.org/htm/noticias/adital290408.htm)
3. REMHI報告書公表にあたりヘラルド司教が行ったスピーチより抜粋 1998年4月26日

2008年4月29日

農民たちの大行進―CUC発足から30年を経て

ソロラ県ロス・エンクエントロスからグアテマラ・シティへ
2008年4月12-4月15日

2008年4月12日

9:15 ソロラ県ロス・エンクエントロス

「人民の主権と母なる大地を守るための先住民と農民による行進」(正式には「母なる大地を求める叫び」として知られる)が、4月12日、パン・アメリカン・ハイウェイを行く全行程80マイル(=127km)の行進を開始した。ソロラ県ロス・エンクエントロスを早朝に出発し、3日後にグアテマラ・シティ到着を目指す。グアテマラ農民統一委員会(CUC)がその発足30周年を記念し組織した行進である。

10:45 ソロラ県 チマルテナンゴ県との県境付近

行進は約1,000人の参加者と共に出発した。「先住民の領土における土地及び自然の恵みを利用する権利を略奪しようと目論む政策に抗議し、母なる自然、生命、正義を求めること」を目的に集まった人々だ。(1)

10:55 ソロラ県 チマルテナンゴ県との県境付近

マヤ先住民カクチケルの女性たちが、行進の参加者たちが自分たちの共同体を通過する様子を見守る。

11:02 ソロラ県 キロメーター116

チマルテナンゴ県との県境まであと数メートルという地点で、行進の参加者が一旦その歩みを止める。国家治安部隊によって殺害されたテオドロ=サロフ=パンホフを追悼するためである。テオドロは、グアテマラ農民組織連合(CNOC)が組織した2000年10月10日の集会中にその命を奪われた。「我々の友テオドロは、農村地域の発展に自らの命を捧げたのです」(2)

14:50 チマルテナンゴ県サクレウ付近

「CUCが発足して30年になりますが、発足の原点であった状況には未だ変化が見られません。そのことを声を大にして伝えたいのです。その原点とは、土地を巡る闘い、プランテーションにおける公正な賃金と労働条件を求める闘い、軍事化の動きや先住民に対する様々な差別に終止符を打とうという、グアテマラ国中で繰り広げられている闘いを指します。進展がないだけではありません。私たちは、領土を守るという新しい闘いを強いられてさえいるのです。今日の私たちは、グアテマラの天然資源を奪おうとする国際企業、そして自分たちの領土を守ろうという地元住民の狭間に存在する厳しい闘いを余儀なくされているのです」(3)

17:42 チマルテナンゴ県アグア・エスコンディーダ付近

チマルテナンゴ市まであと数キロというところで、突然の夕立に見舞われる。このような嵐への準備をしてきた者はほとんどいない。

19:26 チマルテナンゴ県テクパン

温かい歓迎と宿泊場所を提供してくれたテクパン市に対し、CUC代表ダニエル=パスカルが感謝の意を述べる。「権力の座にありさらに富を求める人々と、そういった動きに抵抗し生きる権利を求め闘う人々は、日々悪化する深刻な対立関係にあります。母なる大地を略奪しようという行為を支持する政府に目を向ければ、このような状況が生まれるのは当然でしょう。政府は石油や鉱山資源の採掘権を付与し、遺伝子組み替え作物を導入しているのです。河川の流れを変え住民から水資源を奪った上に水源を汚染し、大型ダムやその他巨大プロジェクト建設を推し進めているのです」(4)

20:02 チマルテナンゴ県テクパン

参加者は、テクパン私立体育館を「宿」に、長い1日を終える。行進は約30キロの道のりを進んだ。

20:06 チマルテナンゴ県テクパン

寒い中雨に打たれ、疲れきっているはずの参加者たち。彼らは温暖な気候の南部沿岸地域出身者である。それにも関わらず、彼らは前向きなその心を、眠りに着く前にこんな風に示してくれた。

2008年4月13日

6:57 チマルテナンゴ県テクパン

行進2日目が始まる。

7:15 チマルテナンゴ県テクパン

1470年に築かれたイチムチェは、スペイン人の到着以前、マヤ系先住民カクチケルの人々が住む都市の中心であった。その名前 Iximche は、「トウモロコシの木」(ixim = トウモロコシ、che = 木)を意味する。スペイン人の到着からほどなくしてカクチケルの人々との間に結ばれた同盟関係により、イシムチェから2キロの場所に要塞が築かれた。テクパンと名付けられたこの要塞はその後町となり、グアテマラ最初の首都と考えられている。
2007年3月12日、ジョージ=W=ブッシュ米大統領が、現在は遺跡となり、先住民の儀式を行う神聖な場所であるこの地を訪れた。その訪問の直後、この神聖なる場所をマヤの司祭が「清め」、北アメリカの国家元首によってもたらされた「邪悪な霊」を追い払ったのだった。(5)


7:16 チマルテナンゴ県テクパン

HIJOS (忘却と沈黙に反対し正義と人権を求める子供たち)のメンバーが連帯の精神を示そうと行進に加わり、それ以降の行程のほとんどを他の参加者と共に進んだ。HIJOSの面々に加え、多くの社会組織や国際組織も行進や道中のイベントに参加したり、オブザーバーとして参加者を見守ったりと、様々な形でこの行進に参加した。参加団体の中には、Uk’u’x B’e Mayan Association、CNOC、CCDA、エンクエントロ・カンペシノ、ギジェルモ・トリエジョ・ファウンデーション(FGT)、FLASCO、CONGCOOP、カハ・ルディカ、URNG Youth、RAISネットワーク、グアテマラ人権オンブズマン事務所(PHD)、ピース・ブリゲード・インターナショナル(PBI)、CAIG/ACONGUTE、NISGUAの姿が見られ、さらには、メキシコ、エル・サルバドール、ニカラグア、ホンジュラスからヴィア・カンペシナとCLOCのメンバーが駆けつけた。


7:29 チマルテナンゴ県テクパン
母なる大地は売買の対象なんかじゃない。母なる大地を再び我々の手に!母なる大地を守らねば!
強制排除や抑圧から・・・立ち上がろう!
鉱山活動にNoを・・・命にYesを!闘いを受けて立つ人々こそが、勝利を手にするのだ!



11:05 チマルテナンゴ県サンタ・クルス・バランジャ付近

この季節には珍しいことに、雨模様の天気が行進2日目も続く。雨も2度目となれば、参加者の準備も万全だ。


12:16 チマルテナンゴ県パツィシア付近

「私たちは今、政府による組織的な抑圧の下に暮らし、そういった抑圧は国家警察隊(PNC)、軍部、司法裁判所、地方検事事務所によって具現化されています。小規模農業を営む農民は、その領土や農地を守るために闘い、結果、犯罪者やテロリストというレッテルを貼られています。それだけに留まらず、追跡され虐げられる者さえいるのです。最近サン・フアン・サカテペケスとリビングストンで起こった事件がその例を示しています。同様に、生活必需品や燃料価格の高騰に反対する市民もまた、厄介者扱いを受けています」(6)


15:31 チマルテナンゴ県 『12月29日』共同体

サラゴサ市にある『12月29日』共同体の住民が、行進を歓迎する素晴らしいイベントを準備していた。お昼時に開催されたイベントには、食べ物や音楽や供され、インスピレーションに満ちたスピーチが行われた。


15:36 チマルテナンゴ県 『12月29日』共同体

『12月29日』共同体―これは、36年にわたる内戦に終止符を打った和平協定が締結された歴史的な日にちなんで名付けられた共同体である。その住民のほとんどは、かつてグアテマラ国民革命連合(URNG)の様々なセクトの戦闘員であった人々とその家族である。共同体の中央広場には、革命に命を捧げた全ての戦闘員を称える肖像がそびえ立つ。この特別な日のために、肖像はCUCのハンカチーフと帽子で飾られた。


15:45 チマルテナンゴ県 『12月29日』共同体

地元共同体の子供たちが集まり、行進参加者に向けて歌を歌う。歴史的に重要な意味を持つCUCの歌も披露された。

15:47 チマルテナンゴ 『12月29日』共同体

共同体住民であるソロモン氏が述べる。「農民によるこの闘いへの支持を表明します。この地には私たちが暮らすための慎ましい家はありますが、耕す土地はないのです。そのため、私たちの多くは工場、そして労働搾取が横行することで知られているマキラドーラで働くことを余儀なくされているのです。農民の闘いの原点となった状況と軍事紛争は未だ続いているのです!」

15:54 チマルテナンゴ県 『12月29日』共同体

歴史にその名を刻んだ人物、パブロ=セトが語る。「CUCが究極的に目指すのは、地元に根ざした方法で土地を共同利用することです。CUCは多くの土地を利用する権利を持っており、マヤの祖先の例に習い、それらの土地を耕すことを推進していかなくてはなりません」 セトは1970年代後半にCUCを共同設立した人物だ。しかし、1980年代に組織を離れて武力革命活動に加わり、最終的にはグアテマラ貧民軍の指揮官になった。和平協定締結後、セトはグアテマラ国民革命連合(URNG)党から議員となり、国内調整委員会のメンバーを務めた経験も持つ。

16:32 チマルテナンゴ県サラゴサ付近

参加者がつかの間の「休憩」を取る。

18:01 チマルテナンゴ県チマルテナンゴ

チマルテナンゴ市内に入る行進に目を向ける2人の幼い少年たち。その後ろには綴りが間違いだらけの殴り書きが、グアテマラ社会の現実を静かに「叫んで」いる―『死んだ犬をここに捨てるな』

18:28 チマルテナンゴ県チマルテナンゴ

チマルテナンゴ市の中央広場に到着した農民たちの大行進を、Uk’u’x B’e Mayan Associationのメンバーがマリンバの演奏で迎える。


2008年4月14日

16:27 グアテマラ ミシュコ付近

パン・アメリカン・ハイウェイ沿い、サン・ルーカスとミシュコの間にあるミラドール(展望場所)を通過する。参加者は、3日間で101キロを既に歩いている。遂に最終目的地が見えてくる。首都、グアテマラ・シティだ。

16:40 グアテマラ ミシュコ付近

首都圏に入る前に、行進は小休憩を取る。ソロラから歩いてきた男性が、靴擦れができてしまったため、裸足で最後の道のりを歩きつづけることを決める。

16:44 グアテマラ ミシュコ付近

行進が通過した市町村の全てが、参加者が公共施設を使用することを許可したり、「荒っぽく」はあるが安全な宿泊場所を提供するなど、様々な形で行進に協力した。しかし、この日の宿泊地となる予定であったミシュコまでわずか数キロという地点にたどり着いたところで、地元市長が行進開始前に与えていた許可を全て取り消してしまった。人々の尽力、特にサン・カルロス大学の学生の奮闘により、参加者は予定していた行進ルートを変更し、サン・カルロス大学医学部の敷地内にあるメトロポリタン大学センター(CUM)を宿に、夜を迎えることができたのだった。


2008年4月15日

10:04 グアテマラ・シティ 

CUMにて行進にはその途中で国中から集まった支持者が次々と参加し、抗議行進の最終日の朝には、その数は3,000人近くに上った。

11:51 グアテマラ・シティ 

リベラシオン通り金融地区の中心にあるオベリスクを目指し、約5,000人の抗議者が通りを練り歩く。

12:10 グアテマラ・シティ アヴェニーダ・レフォルマ 

行進参加者がオベリスクを囲み、アヴェニーダ・レフォルマを経由して町の中心部へと向かう。

12:35 グアテマラ・シティ アヴェニーダ・レフォルマ

農民による大行進は米国大使館前で歩みを止め、グアテマラの歴史に多大な影響を与えた同国の政策に抗議の声を上げる。『グアテマラにはSOAの目が光っている』―グラフィティにはそう書かれている。SOAとは、南北アメリカで米国が運営する軍事学校の閉鎖を求める活動を行う組織である。そういった米国の組織において戦略を学び訓練を受けた軍部高官が、過去1世紀にわたりこの大陸を恐怖に陥れた軍事独裁を打ち立てることになったのだ。

13:05 グアテマラ・シティ ゾーン4
徹底した農業改革を・・・農民は30年も闘い続けてきたのだ!
日々の物価高に対抗して・・・団結が私たちの道を切り開く!
団結し闘うのだ!団結した人々が敗れることなど決してないのだから!

13:11 グアテマラ・シティ ゾーン4

『母なる大地を求める叫び』の参加者が、グアテマラ市長のオフィスを通過する。

13:21 グアテマラ・シティ ゾーン1

首都中心部にさしかかった農民たちの大行進は、 国会を目指す。「我々は円卓会談を求めてやってきたのではありません。政府に宣言文を提出するつもりもなければ国会議員と話すつもりもないのです。 ただ彼らが我々の抗議に耳を傾けてくれることを願って歩いてきたのです。 農業・商業・工業・金融連絡会議(CACIF)に何かを嘆願しようとここにやって来たわけでもありません。グアテマラ社会と、先住民と、先住民ではない人々と、主婦の皆さんと、 工場労働者と、全ての労働者と、大衆運動と、土地を持たない人々と、家を持たない人々と、学生組織と、 女性グループと話し合いを持つためにやってきました。 我々の焦点を見直し、考えを新たにし、グアテマラの社会大衆運動を再構築する時がやってきたと確信しています。なせなら、この新自由主義政策はこれからも続いていくのですから」(7)

14:02 グアテマラ・シティ ゾーン1

議会が入る建物へと続く階段に到着した抗議者らは、立法機関の代表者が建物の外へ出て、彼らが読み上げる声明文に耳を傾けるよう求めた。

14:18グアテマラ・シティ ゾーン1

ニネス=モンテネグロを含む国会議員数人が、ダニエル=パスカルの言葉を聞こうと姿を現した。「私たちは、共同体における協議が人々の理知や名誉をかけた約束を行使する場所であり、 また領土の略奪に対する地元住民の拒否を直接に表明する場であると信じています。 そういった協議の拘束力を国が認めない場合、残される唯一の道は広範囲に及ぶ不服従となります。 そしてそういった行為は、さらなる争いや住民蜂起に先立つものでしかなく、平和的手段ではありません。 私たちは警告を促すためにここにきました。 人々は様々な宣言に対しても、そして共同体による協議が無視されることにもうんざりなのです。 機能しない円卓協議も、ハイレベルな委員会ももうたくさんです」

14:34 グアテマラ・シティ ゾーン1

議会メンバーに対する様々な要求事項を読み上げた後、行進は大聖堂前を通り大統領府へと向かう。

14:57 グアテマラ・シティ ゾーン1

大統領府に到着した抗議者は、行政管理部門で働くスタッフとの面会を求めた。 その唯一の目的は、様々な宣言文を読み上げ、 サン・フアン・サカテペケスに住む共同体メンバーが起草した宣言文を正式に手渡すことであった。 同町は、グアテマラ社会で大きな影響力を持つノヴェージャ一家が所有するグアテマラ企業、『セメントス・プログレソ』との対立が原因で、 国家治安部隊による深刻な弾圧を受けたばかりだ。 数分が経過したが、大統領府から出てくる者はおらず、その門は固く閉ざされたままであった。

15:08 グアテマラ・シティ ゾーン1

絶望感が広がり始めたとき、ダニエル=パスカルはフェンスを飛び越え、呼び鈴を鳴らすそうと決意した。

15:09 グアテマラ・シティ ゾーン1

沿岸部コアテペケ出身の女性が声を上げる。 「正義を私たちの手に!コロム大統領は汚職まみれの政治家、殺人者なんだ!企業に身売りしたんだからね! 私たちが育てるトウモロコシは決して安くなんかないのさ! それなのにコロムは私たちに黄色いトウモロコシを車の(バイオ燃料の)ために作れという。 そして農民は遺伝子組み替えで作られたマセカ(トルティージャなどを作るためのミックス)を食べさせられているというのに!」 

15:15 グアテマラ・シティ ゾーン1

「70年代、80年代、そして90年代にこの闘いを受けて立った私たちは、『共産主義者』や『ゲリラ』などと呼ばれました。 そして今日、母なる大地を守ろうとする人々は、『法を犯す者』や『テロリスト』などいったレッテルが貼られています。 これは単なる言葉遊びなどではありません―軍事化を推し進め、社会運動を行う先住民や農民を犯罪者に仕立て上げようという行為に他なりません。 全ては、私たちの領土において、企業が利益を確保できるようにするための行いなのです。 そういった行為があるために、私たちはいつまでたっても『悪者』でしかない―自分たちの資源を守ろうと闘う貧民が、法に追われる立場に置かれているのです。本来ならば、その対象は麻薬の密売人たちではないでしょうか?焦土作戦を実行した軍の暗殺者たちはどうなのでしょう?銀行家のようなホワイト・カラーの犯罪者たちではありませんか?極限の貧しさの中に暮らす人々の手が、決して富みに届かないようにしているのですから。政府関係者は国の財源を湯水のように使い、結果、私たちが住む共同体には、届くはずの公共投資すら届かなくなってしまうのです。そのように腐敗した官僚こそが、法による裁きを受けるべきなのではないのでしょうか?」(8)

15:34  グアテマラ・シティ ゾーン1
サン・フアン・サカテペケス共同体からの参加者が手にしているサインには、こう書かれている。「私たちは市民。法を犯したりなどしない。母なる大地、そして私たちの子孫を守り、協議する権利、情報にアクセスする権利を求める。これまで経験させられた抑圧を糾弾する!地方検事事務所(スペイン語でMPと呼ばれる)の長官の辞任を要求する。企業や有力な一族の意のままである政府など断固認めない。MPとPNCは、(セメント会社である)セメントス・プログレソ社の言いなりだ」

15:41  グアテマラ・シティ ゾーン1

待つこと1時間、群集は遂にしびれを切らし、大統領府の門を力で打ち破ろうとする。彼らのたった1つの願いは、サン・フアン・サカテペケスでの事件を追悼する文書を渡すことであった。

15:45グアテマラ・シティ ゾーン1

到着から1時間15分が経過するが、文書を受け取りに誰かが出てくる気配はない。行進は、ダンボールで作った棺を残し、大統領府を後にする。棺には、マリオ=カールの名が記されている。イサバル県リビングストンの共同体リーダーであったマリオは、国家警察隊のメンバーによって先月殺害された。(マリオ=カールに殺害については、『リオ・ドゥルセを流れる危機―マリオ=カールの死』をご参照ください)

15:45  グアテマラ・シティ ゾーン1

農民による大行進は、グアテマラ・シティの中央広場にて締めくくりを迎えた。中央広場では、フェア・トレード商品の販売を行う店や情報提供を行う様々なブースが出され、コンサートも開催された。

4日間に及ぶ長い行程を終え、ダニエル=パスカルはこう締めくくる。「突き詰めるならば、命そのもの、つまり全人類そして母なる大地の存続が危機に直面しているのです。企業が関心を持つのは、大地の恵みである石油、鉱山、水力発電です。しかしこれらを追求する活動は、先住民や農民の生活に対する配慮が全くなされないまま行われています。農村地域に住む人々が飢え死にしようとも、彼らの生活を支える生物多様性や生態系が破壊されようとも、彼らの食卓を支える種や水が私有化されようとも、利益の追求は続くのです。この事実こそが、私たちが人類の未来そして未来の世代が危険にさらされていることを訴える理由なのです。これはもはやイデオロギーや政治的立場うんぬんという問題ではありません。母なる大自然の存続が危機にさらされているという事実を、私たちは切実に訴えているのです。」



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1. CUC "¡Grito por la Madre Tierra! " マーチにてCUCメンバーが配布したフライヤーより
2. CUCディレクター・ダニエル=パスカルとのインタビュー 2008年4月15日
3. 同上
4. CUC公式声明 "¡Grito por la Madre Tierra! "より グアテマラ 2008年4月11日
5.
http://en.wikipedia.org/wiki/Iximch%C3%A9 より抜粋
6. CUC公式声明 同上
7. CUCディレクター・ダニエル=パスカルとのインタビュー 2008年4月15日8. 同上 2008年4月12日

2008年4月28日

農民たちの大行進―参加者の面々

ソロラ県ロス・エンクエントロスからグアテマラ・シティへ
2008年4月12日―4月15日 






































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